〈本文理解〉

出典は中屋敷均『科学と非科学 その正体を探る』。
①段落。科学と生命は、実はとても似ている。それはどちらも、その存在を現在の姿からさらに発展・展開させていく性質を内包している点においてである。その特徴的な性質を生み出す要点は二つあり、一つは過去の蓄積をきちんと記録する仕組みを持っていること、そしてもう一つはそこから変化したバリエーションを生み出す能力が内在していることである。この二つの特徴が漸進的な改変を繰り返すことを可能にし、それを長い時間続けることで、生命も科学も大きく発展してきた。

②段落。だがら、と言って良いのかよく分からないが、科学の歴史を紐解けば、たくさんの間違いが発見され、そして消えていった。科学における最高の栄誉とされるノーベル賞を受賞した業績でも、後に間違いがあることが判明した例もある。(1926年ノーベル生理学・医学賞を受賞したヨハネス・フィビゲルの例)。

③段落。ノーベル賞を受賞した業績でも、「こんなこと」(傍線部A)が起こるのだから、多くの「普通の発見」であれば、誤りであった事例など枚挙にいとまがない。誤り、つまり現実に合わない、現実を説明していない仮説が提出されることは、科学において日常茶飯事であり、2013年の『ネイチャー』誌には、医学生物学論文の70%以上で結果を再現できなかったという衝撃的なレポートも出ている。

④段落。しかし、そういった玉石混交の科学的知見と称されるものの中でも、現実をよく説明する「適応度の高い仮説」は長い時間の中で批判に耐え、その有用性や再現性故に、後世に残っていくことになる。そして、その仮説の適応度をさらに上げる修正仮説が提出されるサイクルが繰り返される。ある意味、科学は「生きて」おり、生物のように変化を生み出し、より適応していたものが生き残り、どんどん成長・進化していく。それが最大の長所である。現在の姿が、いかに素晴らしくとも、そこからまったく変化しないものに発展はない。「教条主義に陥らない”可塑性”こそが科学の生命線である」(傍線部B)。

⑤段落。しかし、このことは「科学が教えるところは、すべて修正される可能性がある」ということを論理的必然性をもって導くことになる。科学の進化し成長するという素晴らしい性質は、その中の何物も「不動の真理」ではない、ということに論理的に帰結してしまうのだ。…科学の知見が常に不完全ということは、ある意味、科学という体系が持つ構造的な宿命であり、絶え間ない修正により、少しずつより強靭で真実の法則に近い仮説ができ上がってくるが、それでもそれらは決して100%の正しさを保証しない。

⑥段落。より正確に言えば、もし100%正しいところまで修正されていたとしても、それを完全な100%、つまり科学として「それで終わり」と判定するようなプロセスが体系の中に用意されていない。…科学的知見には「正しい」or「正しくない」という二つのものがあるのではなく、その仮説がどれくらい確からしいのかという確度の問題が存在するだけなのである。

⑦段落。では、我々はそのような「原理的に不完全な」科学的知見をどう捉えて、どのように使っていけば良いのだろうか?…優等生的な回答をするなら、より正確な判断のために、対象となる科学的知見の確からしさに対して、正しい認識を持つべきだ、ということになるのだろう。

⑧段落。「科学的な知見」という大雑把なくくりの中には、…確度が大きく異なったものが混在している。それらの確からしさを正確に把握して峻別していけば、少なくともより良い判断ができるはずである。

⑨段落。(医学における科学的知見の確度の違いの指標化の試み(evidence-baced medicine))。

⑩段落。しかし、こういった非専門家でも理解しやすい情報が、どんな科学的知見に対しても公開されている訳ではもちろんないし、科学的な情報の確度というものを単純に調査規模や分析方法といった画一的な視点で判断して良いのか、ということにも、実際は「深刻な議論」(傍線部C)がある。一つの問題に対して専門家の間でも意見が分かれることは非常に多く、そのような問題を非専門家が完全に理解し、それらを統合して専門家たちを上回る判断をすることは、現実的には相当に困難なことである。

11段落。こういった科学的知見の確度の判定という現実的な困難さに忍び寄って来るのが、いわゆる権威主義である。(ノーベル賞、『ネイチャー』、有名大学の教授…)。この手法の利点は、なんと言っても分かりやすいことで、現在の社会で「科学的な根拠」の確からしさを判断する方法として採用されているのは、この権威主義に基づいたものが主であると言わざるを得ないだろう。

12段落。(もちろん、多くの専門家の厳しい審査に耐えてきた知見はそうでないものより強靭さを持っている。また専門家は非専門家よりもその対象をよく知っているから、何事に関しても専門家の意見は参考にすべきである)。

13段落。しかし、なんと言えばよいのだろう。かつてアインシュタインは「何も考えずに権威を敬うことは、真実に対する最大の敵である」と述べたが、「この権威主義による言説の確度の判定という手法には、どこか拭い難い危うさが感じられる」(傍線部D)。それは人の心が持つ弱さと言えばよいのか。端的に言えば、人は権威にすがりつき安心してしまいたい、そんな心理をどこかに持っているのではないかと思うのだ。拠りどころのない「分からない」という不安定な状態でいるよりは、とりあえず何かを信じて、その不安から逃れてしまいたいという指向性が、心のどこかに潜んでいる。権威主義は、そこに忍び込む。

問一 (漢字)

1.枚挙 2.混交(混淆) 3.余儀 4.大雑把 5.成熟 6.提唱 7.階層

 

 

 

問二「こんなこと」の指し示す内容を40字以内で説明せよ。

内容説明問題。前段の内容を承ける。「こんなこと」の内容は具体例のまま示すという捉え方もあろうが、回答の仕方としては一般化して示すのが適切だろう。前段は「抽象部-具体例」という構成なので、具体例と照合しながら表現としては抽象部から選ぶ。また、指示語(特に広い範囲を承ける指示語)の問題は、後ろへのつながりを確認して具体化していくのが基本。

本問の場合、指示語を含む一文の構成が、「ノーベル賞の業績→「こんなこと」が起こる」∽「普通の発見→誤りであった事例は枚挙にいとまがない」、となっている。ここから、「こんなこと」の基本線は「発見に誤りがあること」と予想できるだろう。その上で前段に戻り、「科学の発見がのちに誤りと分かること」と具体化する。さらに、傍線部次文から「誤り、つまり現実に合わない、現実を説明していない仮説が提出されること」を使い「誤り」の説明に加える。「こんなこと」が直接承ける前段具体例と照合しても妥当であろう。

〈GV解答例〉
科学的な発見が、のちに現実を説明する上で不適切な誤りだと判明し、斥けられること。(40)

〈参考 S台解答例〉
後に現実に合わない間違いの仮説であることが判明し、科学の歴史から消えていくこと。(40)

〈参考 K塾解答例〉
がんを人工的に引き起こしたという科学的知見が、後で誤りであったと判明すること。(39)

〈参考 Yゼミ解答例〉
一度正しいと認められたことが、後で間違いであるとわかり歴史から消えていくこと。(39)

問三「教条主義に陥らない”可塑性”こそが科学の生命線である」とあるが、どのようなことか。50字以内で説明せよ。

内容説明問題。「教条主義に陥らない(a)/可塑性こそが(b)/科学の生命線である(c)」と要素に分けて言い換える、「教条主義」(原理原則に固執する態度)、「可塑性」(力を受けて形が変わる性質)については語義を理解しておく必要がある。傍線部は④段落の締めにあたるので、主に④段落の内容を踏まえて解答すればよい。特に「現実をよく説明する「適応度の高い仮説」は長い時間の中で批判に耐え、その有用性や再現性故に、後世に残っていく」「現在の姿が、いかに素晴らしくとも、そこからまったく変化しないものに発展はない」が参考になる。以上より「真理の高い仮説でも(a)/さらなる現実適応度を追求して修正を重ねる姿勢が(b)/科学の発展に不可欠だということ(c)」とまとめられる。

〈GV解答例〉
真理性の高い仮説でも、さらなる現実適応度を追求し修正を重ねる姿勢が、科学の発展に不可欠だということ。(50)

〈参考 S台解答例〉
科学では特定の仮説を絶対視することなく絶えず修正し続け、真実へと適応度を高める必要があるということ。(50)

〈参考 K塾解答例〉
科学的知見の変容を拒まず、現実に適応する仮説へと修正し続けるか否かに、科学の存在がかかっていること。(50)

〈参考 Yゼミ解答例〉
どんなに正しく見える考えも聖典化されず、批判と修正を繰り返すことが科学の存在意義であるということ。(49)

問四「深刻な議論」が起こるのはなぜか。60字以内で説明せよ。

理由説明問題。一文で把握すると、「非専門家でも理解しやすいように/科学的な情報の確度について/画一的な視点で判断(指標化)することの/妥当性についての議論」(a)であると整理できる。こうした議論が起こるのはなぜか。傍線部の次文を参考に「一つの問題に対して/(非専門家に説く)専門家の間でも意見が分かれるほど/複雑な内容になるから(→指標化の妥当性についての議論がおこる)」(b)とまとめられる。そもそも「確度(確からしさ)」についての判断が求められるのは、科学的知見が「原理的に不完全な」ものである(←同一意味段落の起点⑦の冒頭)からであった(c)。解答は、(c)を前提の位置におき、(a)については(b)につながるような筋に集約して、構成した。

〈GV解答例〉
科学的知見の不完全性を前提に、その確度に対する正しい認識を求める場合、専門家でも解釈が分かれるほど複雑な内容になるから。(60)

〈参考 S台解答例〉
科学的知見は専門家でも意見が分かれ、調査規模や分析手法といった画一的な視点でその確度の違いを指標化するのは困難だから。(59)

〈参考 K塾解答例〉
常に未完成な科学的知見の確度について、専門家も意見が分かれ、非専門家も理解しきれない以上、誰も一定の判断を下せないから。(60)

〈参考 Yゼミ解答例〉
科学的な問題には多種多様な視点があり、どの視点を用いて確度を判断すればいいのかということ自体意見が分かれるものだから。(59) 

問五「この権威主義による言説の確度の判定という手法には、どこか拭い難い危うさが感じられる」と筆者が言うのはなぜか。全体の趣旨を踏まえて100字以内で説明せよ。

理由説明問題。まずは傍線部に続く本文末文までの内容が根拠となる。特に最終2文「拠りどころのない「分からない」という不安定な状態でいるよりは/とりあえず何かを信じて/その不安から逃れてしまいたいという指向性が/心のどこかに潜んでいる/権威主義は/そこに忍び込む」を参考にして、理由の始点を以下のように置いた。「人の何かを信じて/不安から逃れたいという/指向性と対応する/権威主義による科学的言説の確度の判定は」(S)。Sのどのようなところに、拭い難い危うさが感じられるのか、この具体化が理由の説明という形式で実質的に問われている内容であり、それを「本文の趣旨を踏まえて」導けばよい。

参照すべきは④段落、(a)科学は仮説の修正を繰り返して/より精度の高い仮説を生み出し/発展すること。また、それを裏から述べた⑤⑥段落の論点(用語はそれを承けた⑦段冒頭)、(b)科学は原理的に不完全であること。(a)(b)を合わせ、「科学の原理的不完全性に支えられた(b)/仮説の修正による科学の発展を閉ざす(a)」とまとめる。ただ「S→(b)(a)」では、まだ論理的なスムーズさに欠ける。そこで、13段落のアインシュタインの警句「何も考えずに権威を敬うことは…」などを参考に「Sは/決定論に傾き→(b)(a)」として、「S→(b)(a)」を架橋する言葉を加え、仕上げとした。

〈GV解答例〉
人の何かを信じて不安から逃れたいという指向性と対応する権威主義による科学的言説の確度の判定は、決定論に傾き、科学の原理的不完全性に支えられた仮説の修正による科学の発展を閉ざしてしまうと考えられるから。(100)

〈参考 S台解答例〉
科学的知見における確度は、専門家の権威と必ずしも一致せず、権威にすがりついて安心すると、誤りが見過ごされるばかりか、仮説に修正を加えてより真実に近いものへと発展する契機を失うことにもなりうるから。(98)

〈参考 K塾解答例〉
科学は歴史の中で常に修正されていくが、科学的知見の確度を権威の高さと同一視することは、非専門家にも理解しやすく、科学を理解できない不安を払拭したいという欲求を満たし、科学を理解したと思い込ませるから。(100)

〈参考 Yゼミ解答例〉
科学は絶対的な正しさを保証せず常に修正可能性を持つところに強みがあるが、一つの考えにすがりつくことで不安を解消しようとする権威主義が支配的になると、その強みが破壊されてしまう恐れがあるから。(95)