〈本文理解〉

出典は阪本俊生『ポスト・プライバシー』。「内容」面での補足は最小限にとどめ、「形式」面をたどりながら、本文の概要をつかもう。
①~⑥段落(意味段落Ⅰ)、近代におけるプライバシーについて。近代において「個人の本質は内面にある」(a)と見なされる。個人の内面が社会的重要性をもって社会的自己と結び付けられるとき「内面のプライバシー」(傍線部ア)(b)が求められる(a→b)。それ(b)は内面を中心にして同心円上に広がる。
自己の社会・文化イメージにふさわしくないと思われる表現を他人の目から隠そうとするプライバシー意識(b)は、「個人の自己が、その内面からコントロールされてつくられるという考え方」(c)と深く関わる。これ(c)は「個人の自己の統一性というイデオロギー」(d)に符合する。自己は個人の内面によって統括され、個人はそれを一元的に管理することになる。自己の中に現れる矛盾は罪悪感をもたらし、他人に見せてはならないものである。(d→c)
ただし「このような自己のコントロール」(傍線部イ)(c)は、他人との駆け引きや戦略というよりは、道徳的な性格のものであり、個人が社会向けの自己を維持するためのものである。
⑦~⑨段落(意味段落Ⅱ)、情報化社会におけるプライバシーの外面化について。「しかし」個人の内面の役割が縮小するならばプライバシーのあり方も変わってくる(X→Y)。「情報化が進むと、個人を知るのに、必ずしもその人の内面を見る必要はない、という考えも生まれてくる」(傍線部ウ)。個人情報による評価の方が、知られる側にも、より客観的で公平だという見方もありうるのだ。
情報化は「私生活の行動パターンだけではなく、趣味や好み、適性」にまで進行する。「魅惑的な秘密の空間としてのプライヴァシーは…もはや存在しない」。「ボガードのこの印象的な言葉は、現に起こっているプライバシーの拠点の移行に対応している」(傍線部エ)(X→Y)。かつて私生活の中にあったプライバシーは、今では個人情報へと変換され、個人を分析するデータとなり、情報システムの中で用いられる。今日の情報化社会では「個人の内面や心の秘密をとりまく私生活よりも、それを管理する情報システムこそがプライバシー保護の対象となりつつある」(X→Y)。
⑩段落(意味段落Ⅲ)、現代の「プライバシー」(筆者による修正Z)。ボガードは今日のプライバシーをネットワークの中にあるとし、プライバシーの終焉は妄想だとする(「拠点の移行」X→Y)。「だが」それでもある種のプライバシーは終わった。ここには、プライバシーの「中身や性格の大きな転換Z」がある。ボガードは言う。「今日、プライヴァシーに関係あるのは…情報化された人格や、ヴァーチャルな領域」なのである。そして、情報化された人格とは、筆者の言うところの「データ・ダブル」(傍線部オ)(※)のことである。(※個人の外部に「データが生み出す分身(ダブル)」)。

〈設問解説〉設問(一)「内面のプライバシー」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。「プライバシー」の語義(私事を他人に干渉されないこと)を踏まえた上で、本文の内容に沿って具体的に説明する。傍線部イとの「住み分け」に注意すると、傍線部イの「コントロール/一元的管理」がプライバシーの積極面(c)を表すなら、傍線部アは「干渉を防ぐ」という程度の消極面(b)に限定できるだろう。そこで、bからcに記述がスイッチする③段落の一文目の記述に着目し「(社会的イメージなどに)ふさわしくない…表現を、他人の目から隠しておきたいと思う従来のプライバシー」を解答の核にする。
加えて②段落の「プライバシーのための防壁は/個人の内面を中心に同心円上に/形づくられる」という要素と、①段落の「近代ほど/内面の人格的な質が/社会的な位置付けや評価に/影響力をもったことはない」という要素(a)を前提として加える(aである以上b)。

<GV解答例>
個人の内面が近代社会における評価対象の中心である以上、その評価にそぐわない側面を、内面に近い領域ほど強く、他者の視線から隠すこと。(65字)

<参考 S台解答例>
近代において、社会的自己を形成する本質とされた個人の内面は、他から秘匿すべき重要なものと見なされたということ。(55字)

<参考 K塾解答例>
社会における自己の本質をなす個人の心が、身体や親しい人間関係などの私生活の領域の中心として他者から隠しておくべきものとされること。(65字)

設問(二)「このような自己のコントロール」とあるが、なぜそのようなコントロールが求められるようになるのか、説明せよ。(60字程度)

理由説明問題。③段落から⑥段落までの意味のまとまりを視野に入れれば、解答の骨格は見えやすい。④段落より「個人の自己の統一性というイデオロギー(d)が~を強いるから」(→このようなコントロール=内面の一元的管理(c)が求められる)の形を導く。
dについては「イデオロギー」の語義(行為を規定する観念/自明性・虚偽性)を踏まえて、④⑤段落より「個人は/内面を中心に/行為の一貫性を保つ/主体であるべきだとする/道徳/観念」とした。なのに人間はたびたび(←④段落の例)、というよりも「本来的に」(←イデオロギー=虚偽性の逆)矛盾を露呈するものだから、それを「隠蔽」するために、「内面を一元的にコントロールする(c)」のである。

<GV解答例>
個人は内面を中心に行為の一貫性を保つ主体であるべきだとする近代の道徳観念により、自己の本来的な矛盾を隠蔽することが強いられるから。(65字)

<参考 S台解答例>
社会が求める個人像は、各個人が内面によって自己を矛盾なく統括した、統一的な主体でなければならなかったから。(53字)

<参考 K塾解答例>
近代では、社会的自己が個人の内面によって形成されるという考えに基づいて、社会的に一貫した自己像を提示することの責任が個人に帰せられるから。(69字)

設問(三)「情報化が進むと、個人を知るのに、必ずしもその人の内面を見る必要はない、という考えも生まれてくる」(傍線部ウ)とあるが、それはなぜか、説明せよ。(60字程度)

理由説明問題。「否定表現は肯定表現に直す」のが定石。「個人を知るのに…内面を見る必要はない」を変形して、「外面を知ることで、個人を知ることができる」から(→内面を見る必要はない)、という形を導く。後は「情報化」から「外面」につなぐことができれば、ほぼ完成。
⑦段落「情報化」により、個人の知りたい側面は「個人情報(データ)」として「外面化」する。そうした情報による個人の評価は、知る側はもちろん、知られる側にとっても(よって一般性をもって)「客観的で公平」な評価として受けとめられる。
⑧段落二文目より「(外的な)行動パターンだけでなく、趣味や好み、適性(内的性格)までもが情報化され」る。これも加える。

<GV解答例>
情報技術により個人の内的性格までもが情報として外面化されると、それをたどることこそ、その人の客観的で公平な評価だと見なされるから。(65字)

<参考 S台解答例>
情報化が進んだ社会では、個人はその内面よりも、データ化された個人情報によって把握できると見なされるようになるから。(57字)

<参考 K塾解答例>
内面を知るよりも、個人情報による方が、はるかに簡単にその人を理解でき、より客観的な人物評価につながると考えることもできるから。(64字)

設問(四)「ボガードのこの印象的な言葉は、現に起こっているプライバシーの拠点の移行に対応している」(傍線部エ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。ボガードの「この…言葉」とは「…秘密の空間としてのプライヴァシー(X)は…もはや存在しない」であり、「プライバシーの拠点の移行」とは、ざっくり「個人の内面(X)」から「外面的な個人情報(Y)」へプライバシーの「拠点」が移行したということである。それで傍線部を記号化して捉えると「Xがなくなったことは、XからYへの移行と対応する」ということになる。これでは、ただのトートロジーではないか。最初から「XではなくYになった」または「XはYに移行した」でよいではないか。なぜ、傍線部のような回りくどい言い方をするのだろうか。
ヒントになるのは、傍線部エのある⑧段落の次の次の⑩段落「(ボガードによれば)プライバシーの終焉は妄想である」という記述。(この直後で筆者は「だが、それでもある種のプライバシーは終わった」とボガードの言説を否定修正するが、これは設問(五)の領域)。これにより、傍線部オを「かつてのプライバシーは存在しないかに見えるが、実は拠点が移行しただけで、プライバシーの本質は変わらない」と捉え直す。
とすれば「プライバシーの拠点がどう変わったか(X→Y)」と、その上でなお「(ボガードの言うところの)変わらない本質(X∩Y)」について答えるべきである。それでXは意味段落Ⅰを参考に「近代の内面信仰/秘匿すべき私的領域」とし、Yは意味段落Ⅱを参考に「情報化社会/個人情報として外面化」と対比的に配した。それで変わらない本質は、⑨段落末文より、私生活でも情報システムでも「プライバシー保護の対象」であるということである。

<GV解答例>
近代の内面信仰の下で秘匿されるべき個人の私的領域は、情報化の下で個人情報として外面化された上でなお、保護対象としてあるということ。(65字)

<参考 S台解答例>
プライバシーが外部の情報システムによる個人情報へと変換されることで、個人の内面はかつての秘密の魅惑を失ったということ。(59字)

 <参考 K塾解答例>
内面を核とする私生活としてのプライバシーが、情報システム内で用いられるデータの集積となったことは、秘められた価値の喪失を意味するということ。(70字)

設問(五) 傍線部オの「データ・ダブル」という語は筆者の考察におけるキーワードのひとつであり、筆者は他の箇所で、その意味について、個人の外部に「データが生み出す分身(ダブル)」と説明している。そのことをふまえて、筆者は今日の社会における個人のあり方をどのように考えているのか、100字以上120字以内で述べよ。

おなじみの「内容説明型」要約問題だが、今回は、傍線部の補足を設問に加えてある。通常の処理の仕方は、

(1)傍線部自体を簡単に言い換える。(解答の足場)
(2)「足場」につながる必要な論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
(3)必要な小要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(ディテール)

となるが、今回もそれに準じて解答する。
(1)「データ・ダブル」(傍線部オ)の設問での補足を踏まえ、今日の「個人」のあり方を、最終⑩段落から考察する。まず大切なのは「データ・ダブル」は筆者の概念であり、ボガードの概念ではないということだ。⑨段落までボガードの論に依拠しながら論を進めてきた筆者だが、⑩段落で二つの点においてボガードの論を修正する。一つは「プライバシーを継続されたもの(拠点の移行)ではなく、変質したものと捉える(中身や性格の大きな転換)」点。もう一つは「個人をダブルと捉える」点である。
今や、ボガードも言うように、保護される領域はデータの側にある。ならば、その「分身」としての個人は、どういったものになるのか?あまりオプティミスティックな見立てでないことは確かだ。

(2)上記の理解と設問(四)での考察をあわせて、次のように構文を決める。
「情報化の進展に伴いプライバシーの拠点が/XからYへ移行しても(a)/個人のプライバシーは保護されると思われたが(b)/実は、情報的な人格の分身として(c)/個人のプライバシーは保護されなくなる(d)」(仮)
この設問では「今日の個人のあり方」について問うているが、それについて直接的な言及はない。しかし、上のように捉えることで「かつては保護を受けていた(b)/今は保護を受けていない(d)」ものが何か分かれば、自ずと見えて来るだろう。

(3)a要素のXとYは設問(四)でも考察したように、それぞれ「近代社会/個人の本質/内面性」「情報化社会/外面化/個人情報」くらいで良いだろう。
b要素「プライバシーの保護」とは言うが、結局何が守られていたのか? 設問(一)(二)で考察したように「社会の評価にそぐわないもの」「自己の矛盾性」が他者から隠されることで「自己の統一性」(④段落)が保たれていたと言えよう。ならば、逆にdは「統一的な個人の解体」ということではないか。
c要素「情報的な人格」(⑩段落)は「ヴァーチャルな領域」にある。ならば、その情報は現実に則していない、その意味で「恣意的で操作的」な情報である。気まぐれな相棒に振り回されて、僕らは途方に暮れるしかないのだ。

<GV解答例>
情報化の進展に伴いプライバシーの拠点が、近代社会における個人の本質である内面性から、外面化した個人情報に移行しても、統一的自己は保護の対象として維持されると思われたが、実は、恣意的な情報による自己イメージの分身として個人は拡散し形骸化する。(120字)

<参考 S台解答例>
情報化が進んだ現代社会における個人は、近代において社会的自己の根拠とされ心身に秘匿された実体的な内面から切り離されて、外部にある情報システムが管理するデータの集積としての個人情報に外在化してとらえられる仮想的表象へと変容しつつある。(116字)

 <参考 K塾解答例>
個人の行動や嗜好が情報として蓄積されていく中で、個人がおのれの内面を中心にして常に一貫した社会的自己を形成するという考え方に代わって、個人の外にある情報システムによって管理されるデータの集積を一つの人格だと見なす見方が浸透しつつある。(117字)

設問(六)

a.防壁 b.維持 c.攻撃 d.皮膚 e.保護

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