〈本文理解〉

出典は、原研哉『白』。今回も内容面の補足は極力控え、形式面に着目しながら、重要箇所を抽出して示そう。

①②段落。初めに「白は、完成度というものに対する人間の意識に影響を与え続けた。紙と印刷の文化に関係する美意識は…言葉をいかなる完成度で定着させるかという、情報の仕上げと始末への意識を生み出している」と主題を簡潔に示す。続けて「推敲」の語源にまつわるエピソードを紹介し「いずれかを決めかねる詩人の感受性に…同意を寄せるかもしれない。しかしながら一方で…微差に執着する詩人の神経質さ…も同時に印象づけるかもしれない」。これは「「定着」あるいは「完成」という状態を前にした人間の心理」(傍線部ア)に言及する問題である」とする。

③④段落。「白」の不可逆性について、押印やサインにより訂正不能な意思を固定するという例、活字として思索を言葉として定着させるという例を並べて示す。続けて「推敲という行為はそうした不可逆性が生み出した営みであり美意識であろう。このような「達成を意識した完成度や洗練を求める気持ちの背景に、白という感受性が潜んでいる」(傍線部イ)」とする。

⑤段落。習字の練習の例をあげ、白い紙に消し去れない過失を累積する時の、呵責の念がエネルギーとなり、推敲という美意識を加速させる、とする。この「推敲という意識をいざなう推進力のようなものが、紙を中心としたひとつの文化を作り上げてきた」(傍線部ウ)とし、ここで推敲の話を締める。

⑥⑦段落。「紙」に対する「インターネット」メディアについて。「ネットの本質は…不完全を前提にした個の集積の向こう側に、皆が共有できる総合知のようなものに手を伸ばすこと」「あらゆる人々が加筆修正できる百科事典のようなものがネットの中を動いている」「無数の人々の眼にさらされ続ける情報は、変化する現実に限りなく接近し、寄り添い続ける」。その情報は「文体を持たないニュートラルな言葉で知の平均値を示し続ける」(傍線部エ)。「しかしながら」無限に更新する情報には「清書」や「仕上がる」という価値や美意識が存在しない、として以下、主題に戻る。

⑧⑨段落。まず「紙の上に乗るということは、黒いインクなり墨なりを付着させるという、後戻りできない状況へ乗り出し、完結した情報を成就させる仕上げへの跳躍を意味する」と述べる。以下「白い紙の上に決然と明確な表現を屹立させること。不可逆性を伴うがゆえに、達成には感動が生まれる。またそこには切り口の鮮やかさが発現する」「…未熟さを超克し、失敗への危険に臆することなく清く発せられる表現の強さが、感動の根源となり、諸芸術の感覚を鍛える暗黙の基礎となってきた」「聴衆や観衆を前にした時空は、まさに「タブラ・ラサ」白く澄み渡った紙である」と続く。
最後に『徒然草』の逸話を引き、以上の記述と重ねる。標的に向かう時に二本目の矢を持ってはならない。二の矢への無意識な依存が一の矢への切実な集中を鈍らせるからだ。この「矢を一本だけ持って的に向かう集中の中に白がある」(傍線部オ)。

設問(一)「「定着」あるいは「完成」という状態を前にした人間の心理」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。傍線部を一文に伸ばすと「これは(A)/…心理(B)に/言及する問題(A)である」となる。「これ(A)」は直前の二文(「しかしながら一方で」の前後の対の二文)を承けるが、注意しないといけないのは、AはB(傍線部自体)に言及するものだが、同一ではないということである(A∽B/A≠B)。そこでB(傍線部自体)の対応箇所だが、「「定着」あるいは「完成」という状態」の部分で「定着」「完成」にカッコがついている、つまり「特別の意味が込められている」ことに着目して、①段落(主題「白」についての言及箇所)で既出の「定着」「完成」と対応していると考える。
以上より傍線部を「「定着」あるいは「完成」という状態を前にした(a)/人間の心理(b)」に分離した上で、a要素には「白い紙/定着・完成/逡巡(②段落より)」という内容を、b要素には直前の二文を踏まえて「微差に執着/普段は意識する程でもない」という内容を盛り込んで仕上げとする。

<GV解答例>
白い紙にどんな言葉を定着させ情報を完結させるかという逡巡の中で、普段は意識しないような微細な差異にも執着せざるをえないということ。(65字)

<参考 S台解答例>
人間は作品を仕上げようとする際には迷い、選択する表現のわずかな差異にも過敏なまでに執着するものだということ。(54字)

<参考 K塾解答例>
表現の不可逆性を認識すると、訂正不要な完全なものに向けて吟味を迫られ、微細な表現上の差異をも意識せざるをえなくなるということ。(63字)

設問(二)「達成を意識した完成度や洗練を求める気持ちの背景に、白という感受性が潜んでいる」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。傍線部を時系列で組み換えて「白という感受性が(a)/達成を意識した完成度や洗練を(b)/求める(c)」とする。そして傍線部が「このような」という指示語に導かれていることに着目して、傍線部の前文「推敲という行為は(b´)/そうした不可逆性が(a´)/生み出した(c´)/営みであり美意識(b´)」との対応関係を見つける。以上より、b要素は「推敲という営み/美意識」と対応していることを踏まえて「訂正不能な/表現の完璧性(の追究)」と簡潔にまとめた。a要素は「そうした不可逆性」と対応しており、それが③段落「押印やサインによる意思の固定」、④段落「活字としての思索の定着」の並列関係を承けていることを踏まえる。加えて③④段落を統括する「白い紙に記されたものは不可逆である」(③段落冒頭文)を前提として盛り込んで、以下の解答となる。

<GV解答例>
白い紙に記されるものは不可逆なものとして個の意思や思索を世に定着させるという潜在意識が、訂正不能な表現の完璧性を求めるということ。(65字)

<参考 S台解答例>
紙の白さを汚すことへの畏れが、表現行為の不可逆性を実感させ、未成熟さを残すまいとする気構えを生むということ。(54字)

<参考 K塾解答例>
白い紙に記すことは、無垢な状態に取り返しのつかない痕跡を残してしまうことだという感覚が、磨きあげられた表現へと人々を促すということ。(66字)

設問(三)「推敲という意識をいざなう推進力のようなものが、紙を中心としたひとつの文化を作り上げてきた」(傍線部ウ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。傍線部を単純化して整理し「推進力(a)→推敲(b)→紙を中心とした文化(c)」と捉え直す。aについては、前文の「白い紙に消し去れない過失を累積していく様を把握し続けることが(…推敲という美意識を)加速させる」との対応は見えやすい。これに同⑤段落の「呵責の念が上達のエネルギー」という要素も加える。bの「推敲」については、設問(二)でも説明したので、そのままで良いだろう。cについては直接の記述がない。ただ、傍線部の次の文で「紙」を「メディア」と捉えており、設問(四)の解答範囲である⑥⑦段落の「ネットというメディア」と対比されている。設問(四)を先回りして考えれば「ネット」は「不特定多数/不完全性/永久性」で特徴づけられる。ならば逆に「紙」は「個人/完全性/一回性」となるだろう。それで「紙を中心とした文化」を「白い紙に一度で仕上げる文化」として、以下の解答となった。

<GV解答例>
拙い表現は取り返しのつかぬ過失をもたらすという呵責が推敲の意識を高め、それを基に白い紙に一度で仕上げる文化が形成されたということ。(65字)

<参考 S台解答例>
紙に印された自己のつたなさへの呵責の念が、表現をより高い次元で完結させようとする美意識を持つ文化を作ってきたということ。(60字)

<参考 K塾解答例>
拙い表現を白い紙に記した自責の念が完璧な表現への志向を強め、その表現の不可逆性を個人が引き受けるような文化を生み出したこと。(61字)

設問(四)「文体を持たないニュートラルな言葉で知の平均値を示し続ける」(傍線部エ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。「文体を持たない(a)/ニュートラルな言葉で(b)/知の平均値を(c)/示し続ける(d)」。aとbについては次段落(⑦段落)の「美意識」「価値観」とそれぞれ対応させれば良いだろう。
cが捉えにくいが、前文の述部「(変化する現実に)限りなく接近し、寄り添い続ける」とdが対応していることから、c「知の平均値」は「現実」(その両側に様々な知のグラデーションがある)と対応しているものだということが分かる。加えて同⑥段落の「皆が共有できる総合知」「あらゆる人が加筆訂正…ネットの中を動いている」も「平均値」に対する「総体」を表すものとして必要だろう。もちろん「現代のネット社会」での話だから、忘れずに。

<GV解答例>
現代のネット社会では、無数の人々による加筆訂正が、個々の価値や美意識を越えた共有の知として、変化する現実に接近し続けるということ。(65字)

<参考 S台解答例>
インターネットの知は、変化する現実に即して、未完のまま無限に加筆訂正されるだけの無人称の知として共有されるということ。(59字)

 <参考 K塾解答例>
個的な価値観や美意識に関わりなく、変化する現実に応じて無数の人々が無限に加筆訂正することで、皆に共有される知の水準を提示し続けるということ。(70字)

設問(五)「矢を一本だけ持って的に向かう集中の中に白がある」(傍線部オ)とはどういうことか。本文全体の論旨を踏まえた上で、100字以上120字以内で説明せよ。

「内容説明型」要約問題。基本的な手順は

(1)傍線部自体を簡単に言い換える。(解答の足場)
(2)「足場」につながる必要な論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
(3)必要な小要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(ディテール)
となる。

(1)「この/矢を一本だけ持って的に向かう集中の中に(a)/白がある(b)」。「この」の指す内容、「二本目の矢を持って弓を構えてはならない(←それは二の矢への依存を生み集中を鈍らせる)」を含めて、a要素は具体例であるから一般化する必要がある。「ためらい(逡巡)を断ち切り不退転の決意で一回性にかける姿勢」とし、そこに「白がある」とつなぐ。

(2)では「白がある」とは何か?この傍線部オに至る⑨段落は、本文の結論部にあたる⑧段落の内容を、象徴的な事例によって余韻を持たせて印象づける部分である。ならば逆に、⑧段落の内容から傍線部「白がある」の象徴するところを読み取ることができよう。そう考えたとき「白がある」と直接対応するのは⑧段落末文「聴衆や観衆を前にした時空」「タブラ・ラサ」「白く澄み渡った紙」であろう。その「白」に後戻りできない痕跡を残すことは強い逡巡を生むが、それを断ち切り一回性にかける姿勢が「白い紙の上に決然と明確な表現を屹立させる」(⑧段落二文目)のだ。以上より「白」の具象性は残して、以下の構文に定める。「白い紙に黒く記すという行為は/強い逡巡を生むが(c)/その逡巡を断ち切り不退転の決意で一回性にかける姿勢が/鮮やかな白地に屹然とした表現を可能にするということ」(仮)

(3)②~⑤段落の「推敲」についての考察から、特に⑤段落の「つたない行為/消し去れない過失/呵責の念/推敲の意識を加速」をcに盛り込む。また、再び⑧段落から「一回性にかける姿勢」が「未熟さの超克」「感動」をもたらす、という内容も加えておく。
①段落は主題の提示で特に結論部と重複する、⑥⑦段落は対立項で直接関連しない、という理由で特に盛り込む必要はないだろう。

<GV解答例>
白い紙に黒く記すという行為は、拙い表現で消し去れない過失を刻むことへの呵責から決断に対する強い逡巡を生むが、それを断ち切り不退転の決意で一回性にかける姿勢が、未熟さの克服と感動をもたらし、鮮やかな白地に屹然とした表現を可能にするということ。(120字)

<参考 S台解答例>
紙に白さを見る感受性は、表現を不可逆な行為と見なす文化を生み、そこにおいて、自己の未熟を実感しつつも失敗の危険を引き受け、完結した表現をなそうと一回限りの行為へ決然と踏み出す覚悟とともに、白が鮮やかな輝きを放つようになるのだ、ということ。(119字)

 <参考 K塾解答例>
思索を言葉として純白な紙に写すという訂正不能な営みは未熟さの自覚を生むが、その不安からくる逡巡を消し去り、今ここで完全なことを達成しようとする決然たる姿勢のうちに、状況にとらわれない個人としての至高のあり方が浮かび上がってくるということ。(119字)

設問(六)

a.吟味 b.器量 c.真偽 d.回避 e.成就