〈本文理解〉

出典は藤岡陽子の小説『手のひらの音符』。前書きに「四十五歳の服飾デザイナー瀬尾水樹は、保育園から高校までの同級生で消息不明になっている森島信也の行方を探すうちに、信也の弟である悠人の連絡先を知る。彼女は悠人の職場の近くの公園で彼と会い、信也が競輪学校に入ったことを知らされる」とある。
 
1️⃣「水樹ちゃん、ぼくって昔から変わっていたでしょう?」「え?」「ぼくには生まれつきの脳の機能障害があるんです。大人になってわかったことですが、ぼくにはその機能障害があって、だからこれまで集団の中で生きるのが難しかったのだそうです。正直‥‥ほっとしました、それを知って。兄も専門医からその話を聞いた時、長い苦しみから抜け出したような顔をしていました」…「発達障害‥‥悠ちゃんが‥‥」。水樹は悠人の横顔を見つめながら、彼が幼かった頃のことを思い返す。
 
いつ見てもひとりぼっちだった。同級生の男の子たちが遊んでいるのを、自分の姿が見つからないように離れたところから眺めていた。うらやましそうに‥‥でも少し怯えて。本当は悠人が一番、友達と仲良くしたかったのだ。でもうまくできなかった。…あいつはわけのわからないやつだと、周りが離れていってしまう。彼を取り巻く大人たちも、悠人が人とうまくなじめないことを、彼自身の責任にして自分たちの役目を終わらせていた。水樹だってそうだったし、悠人の母でさえそうだった。信也だけが、弟を守り抜いた。
 
2️⃣「悠ちゃんは今はどんな仕事をしているの?」「産業技術、総合研究所、というところで働いています」。悠人は区切るようにゆっくりと答えた。…「そこのエネルギー技術部門で研究員をやっています。今は人工光合成の実用化の研究に携わっています」「人工光合成?」「はい。人工光合成が実現すれば、太陽光発電やバイオ燃料に続く新たなエネルギーとして利用できます。太陽光発電は効率も高く今は主流ですが、やっぱりコストが高いところに難点があるんです。バイオ燃料は…」。それまでたどたどしく話していた悠人の口調が急に流暢なものになる。自分の好きなことを語る時に周りが何も見えなくなる一途な性格はいまでも変わらず、でもそんな特質を生かした仕事に就いたのだなとその話に聞き入った。…「私、理系のことはまったくちんぷんかんぷんで悠ちゃんの説明はよくわからなかったけど、悠ちゃんが自分の好きなことを仕事にしてるんだということは伝わったよ。頑張ってるのね」。水樹は胸の前で手を合わせ、音を出さずに拍手をした。幼い悠人が何か頑張って成功した時、いつもそうやって褒めていたのを思い出したからだ。
 
3️⃣ 悠人はそんな水樹のことをじっと見ていたけれど、少し顔を曇らせて「ぼくがいたから兄は思うように生きられなかったんだと、大人になって気がつきました。上の兄の事故も、母が自分や兄に冷たくなったのも、自分がこんな風だからだと、わかったんです。水樹ちゃんが遠くに行ったのも、ひょっとしたら自分のせいかもしれないと考えること‥‥ありました」と急に声のトーンを落とした。「この歌、憶えていますか?」。ドはどりょくのド、レはれんしゅうのレ。ミはみずきのミ、ファはファイトのファ、ソはあおいそら、ラはらっぱのラ──。周りに人がいないことを確かめた後、悠人は小さな声で歌い出す。水樹は首を傾げて、そんな彼の口元を見ている。
 
「水樹ちゃんがいなくなってから、ぼくはミの音がなくなりました(傍線部ア)。ミは大切な音でした。楽しくやっていてもふとミの音が抜けていることに気づいてそこで止まってしまう。水樹ちゃんのいないぼくの生活はそんな感じでした」。
 
悠人はかすれた声でそう呟くと、すいません、久しぶりに会ったのにこんなことを話して、頭を下げる。水樹は、自分があの町を離れる時にどれくらい悠人のことを思いやったか考えてみた。ほとんど、何も、考えていなかった。残される人の気持ちなんて、自分が飛び出したい衝動に比べたらあまりに小さいものだった。信也と水樹だけを頼りに生きていた十代の悠人だった。学校ではほとんど言葉を発さずに過ごしていた悠人だった。水樹を見かけると、全身で喜びながら駆け寄ってきて、途切れることなく話しかけてきた。水樹は悠人の孤独を知っていたはずなのに、いともたやすく別れてしまったのだ。
 
4️⃣ 東京に、一度行ったことがあるのだと、悠人は苦笑する。半田に移り住んだ年の冬に、兄弟で生まれて初めての新幹線に乗った。水樹の通っている服飾専門学校を見つけて、入り口のすぐ近くまで行ったけれど、それ以上中に入ることはどうしてもできなかった。行き交う学生たちがあまりにもきらびやかで、別世界の人たちに思えて。
 
「信ちゃん、あの人、鳥人間コンテストに出てくる人みたいやな」。緊張してそんなことを口にしたのを憶えている。傍らの信也は、何も言い返さなかった。自分たちの着古したジャンパーを、通り過ぎていくみんなが見ているように感じた。水樹に会えたら、東京で一泊してディズニーランドにも連れて行ってやると信也は約束してくれていたけれど、結局は新宿の喫茶店でスパゲティを食べた後、夕方の新幹線で帰った。約束を守らなかった信也を責めることなどできなかった(傍線部イ)。
 
「水樹ちゃん、昔、大富豪というトランプの遊びをしたのを覚えていますか?大富豪のルールで、プレイの前に大貧民が大富豪に一番強いカードを二枚差し出さないといけないっていうのがありましたよね。…あの頃のぼくたちは、もともと良くない手札から、その中でもましなカードが容赦なく奪われていく──田川というのは、母の旧姓なんです。母の再婚でぼくたち兄弟はいったん古瀬という姓を名乗りました。でも、借金取りから逃れるため、母は古瀬と偽装離婚をしたんです。古瀬自身は住民票を移せなかったんで、母が旧姓の田川に戻り、母子家庭を装ってぼくを転校させました。もうぼくたちは顔を上げて外を歩けない、そんな気持ちでした。水樹ちゃんに会う勇気が出なかった兄の気持ち、ぼくにはわかるんです」。
 
「全然知らなかった。会いに来てくれてたなんて」。喉の奥が熱くなってきて、水樹は両手で頬を抑え込むようにして俯く。水樹の通っていた学校には、授業が終わるとそのままネオン街に繰り出せるよう、鳥の羽を模倣したストールや、体の線に張り付くようなドレス姿で登校してくる学生たちが大勢いた。みんな誰よりも目立とうと、うずうずしていた。彼らの奇抜な装いは、悠人と信也の目に、どう映ったのか。
 
5️⃣ 悠人が、今日会いに来てもらって本当にうれしかったと自分の手元にあった視線を、水樹の顔に向ける。もう昼休みが終わるから行かなくてはいけないという彼の言葉にも、水樹の思考は止まったままだ。「兄は‥‥」。悠人の声に、慌てて頭を上げた。「兄は今、試合の最中なんです。試合期間中は外部との接触を禁じられていて携帯もつながりません。だから水樹ちゃんから連絡をもらったこと、伝えられてないんです」。悠人がすまなそうに告げるので、水樹は「いいの、いいの」と首を振った。「信也の連絡先、教えてもらっていいかな?」。水樹は心の中に用意してきた言葉を、悠人に伝える。緊張して声が震えた。悠人は嬉しそうに頷き、胸ポケットに入れてあった黒い手帳を開くと
 
「今日は最終日だから会えますよ。夕方の五時三十五分からの出走なので、いますぐ新幹線に乗れば間に合います」と急かすように水樹の手を取る。「向日町競輪場です。憶えてますよね?」
 
悠人の言葉の意味に気づき、水樹が驚いていると 眼鏡の奥の目が細くなった(傍線部ウ)。強い願い事がある時に見せるその表情は見覚えがあるものだった。
 
「名古屋から京都まで一時間もかからないし。そうだ、これ渡しておきます」と慌てた様子でジャンパーのポケットに手を入れると、封筒を取り出す。「手紙?」。宛名に、瀬尾水樹と書いてある。郵便局の転居先不明のスタンプが封筒の右上に押してあった。
 
「兄が書いていた手紙、ぼくがずっと持っていました。もうずいぶん昔のものですけど」。封筒を裏返すと、森島信也と書いてある。懐かしい字で。「これ‥‥私が前に住んでいたマンションの住所」「届かなかったんです。勇気を出して書いただろうに、届かなかったから‥‥」
ずっと水樹に連絡を取れないでいた兄が、やっと出せた手紙だった。なのにその手紙は水樹の手に届くことなく戻ってきて。兄は戻ってきた手紙を、何も言わずにゴミ箱に捨てた。自分は兄に黙って手紙を拾い上げてずっと手元に置いていたのだという。封も開けられないまま捨てられるなんて、手紙が‥‥兄の想いがあまりに不憫だから。
 
「やっと水樹ちゃんに届いた」。そう言うと、そろそろ昼休みが終わる頃だと、立ち上がる。「兄はきっと、水樹ちゃんが自分のことを怒っていると思っています」「怒ってる?」「水樹ちゃんとの約束を守らなかったから」「そんなこと」。水樹が呟くと、悠人は頭を下げて行こうとする。
 
6️⃣ 水樹は「会ってくれてありがとう」と彼の背中に向かって声をかけた。悠人は振り返り、ぎこちない仕草で手を振る。特徴ある歩き方は子供の頃そのままだ。月面を歩く宇宙飛行士のような、どこか空を踏む不器用なその歩き方で彼はここまで生きてきたのかと思い、その道程にどれほどの苦難と努力があったのかと思い、その背が見えなくなるまで見つめていた。
 
まだたっぷり時間はあるから、ちゃんと考えとき。大人はさ、あっという間に歳取った、ってよく言うやろ?でもそれは違うと思う。人は急に歳を取るわけやないんや。おれら子供はゆっくりと、歳を取っていくんや──。正浩ちゃんの言葉が蘇る。ドはどりょくのド、レはれんしゅうのレ‥‥意味もはっきりとはわからないのに歌っていた悠人の澄んだ高い声。最後のフレーズはオリジナルのままの、シはしあわせよ‥‥さあ歌いましょう、だったことを思い出した(傍線部エ)。
 
(注)
◯ドはどりょくのド──信也が悠人のために作った「ドレミの歌」の替え歌の最初の部分。
◯正浩ちゃん──信也と悠人の兄。小学生のときに交通事故で亡くなった。
 

〈設問解説〉問一 (語句の意味)

(1)顔を曇らせて→暗い表情になって
(2)不憫→かわいそう
(3)蘇る→思い起こされる
 

問二「ぼくにはミの音がなくなりました」(傍線部ア)とあるが、悠人はここでどのようなことを伝えようとしているのか。本文の内容に即して45字以内で説明せよ。

心情説明問題。傍線部は「水樹ちゃんがいなくなってから」に続く悠人の言葉。「ミ」は兄信也が悠人のために作った「ドレミの歌」の替え歌で(←注)、「水樹」を意味し、「信也と水樹だけを頼りに生きてきた十代の悠人」にとって「大切な音」(a)。楽しくやっていてもふとミの音が抜けていることに気づいてそこで止まってしまう、水樹のいない悠人の生活は「そんな感じ」のものであった(b)。ド、レ、ミのミのところで先に進めない、水樹の欠落は悠人にとって、他で埋めようのないものだったということだろう。以上より、解答は「悠人にとって兄とともに水樹だけが生きる頼りであり(a)/その欠落は埋めようがなかったということ(b)」となる。
 
〈GV解答例〉
悠人にとって兄とともに水樹だけが生きる頼りであり、その欠落は埋めようがなかったということ。(45)
 
〈参考 S台解答例〉
離れていても思い起こしては喪失感に駆られるほどに自分は水樹を支えにしていたのだということ。(45)
 
〈参考 K塾解答例〉
人づきあいが苦手で孤独だった幼い自分にとって、水樹がいかに大切な存在であったかということ。(45)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
兄と水樹のみを頼りにしていた孤独な生活の中で水樹がいなくなり、喪失感を覚えていたこと。(43)
 
〈参考 T進解答例〉
兄と並ぶ自分の理解者であった瑞希が突然いなくなったことに喪失感を抱いていたということ。(43)
 
 

問三「約束を守らなかった信也を責めることなどできなかった」(傍線部イ)とあるが、それはなぜか。本文の内容に即して45字以内で説明せよ。

理由説明問題(心情)。傍線部に続く悠人の発言の最後に「水樹ちゃんに会う勇気が出なかった兄の気持ち、ぼくにはわかるんです」とある。ここから「〜兄の気持ちを悠人も理解できたから」と解答を締めるとよい。あとは、水樹に会いに来ながら、その直前で会うのをためらった、悠人から見た兄信也の気持ちを説明するとよい。
 
その根拠となるのは、まず傍線部の前、水樹の通う服飾専門学校の入り口に来て、そこを行き交う学生が「あまりにもきらびやかで、別世界の人たちに思え」た(a)。それに対して「自分たちの着古したジャンパーを、通り過ぎていくみんなが見ているように感じた」(b)。そして傍線部に続く悠人の発言、家族の事情でみすぼらしい境遇に陥る中で「もうぼくたちは顔を上げて外を歩けない、そんな気持ちでした」(c)。これらabcの主体はすべて悠人であるが、兄信也も同じ境遇にあり、その兄の気持ちを悠人も理解できるというのだから、abcは同時に信也の気持ち(少なくとも悠人はそう感じている)と言える。以上より、解答は「きらびやかな世界を生きる水樹に対し(a)/自らの零落ぶりを恥じる兄の気持ちを(bc)/悠人も理解できたから」となる。
 
〈GV解答例〉
きらびやかな世界を生きる水樹に対し自らの零落ぶりを恥じる兄の気持ちを悠人も理解できたから。(45)
 
〈参考 S台解答例〉
水樹が生きる世界の華やかさを知り、引け目を感じてあえなくなった兄の心中が十分わかったから。(45)
 
〈参考 K塾解答例〉
世間や学生たちへの引け目から水樹に会う勇気が出なかった信也の気持ちが自分にはわかったから。(45)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
専門学校の生徒と対照的な自分を惨めに感じ、水樹に会えなかった兄の心が痛いほど分かったから。(45)
 
〈参考 T進解答例〉
自身の惨めな境遇とは対照的な世界に生きる水樹に、兄が会う勇気を失ったことに気づいたから。(44)
 

問四「眼鏡の奥の目が細くなった」(傍線部ウ)とあるが、ここで水樹はこの表情を悠人のどのような気持ちを示すものとして捉えているか。本文の内容に即して30字以内で説明せよ。

心情説明問題。一般に「目を細める」という場合には、愛でる対象を前に表情が和らぐ様子を表すが、ここは傍線直後に「強い願い事がある時に見せる表情」とあるから、悠人固有の癖であり、目元に力を込めて懇願する様ととればよいだろう。では、悠人はここで対面している水樹に「何を」懇願するのか?傍線前の発言「今日は最終日だから会えますよ…いますぐ新幹線に乗れば間に合います」より、水樹が今、兄の信也に会いに行くことを、懇願しているのである。それは、多分に唐突で、新幹線での移動という点でそれなりのコストを強いるものである。だからこそ、悠人の表情に自然と力が入り「目が細くなった」のである。解答は「水樹が今すぐ/兄に会いに行ってほしいと/無理を承知で願う気持ち」となる。
 
〈GV解答例〉
水樹が今すぐ兄に会いに行ってほしいと無理を承知で願う気持ち。(30)
 
〈参考 S台解答例〉
水樹を思い続ける兄に今すぐ会いに行ってほしいと切望する思い。(30)
 
〈参考 K塾解答例〉
郷里にいる兄にいますぐに会いに行ってほしいと強く願う気持ち。(30)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
水樹を深く思っている兄と直接会ってほしいと強く願う気持ち。(29)
 
〈参考 T進解答例〉
水樹から兄のもとに会いに行ってほしいと強く願っている気持ち。(30)
 
 

問五「最後のフレーズはオリジナルのままの、シはしあわせよ‥‥さあ歌いましょう、だったことを思い出した」(傍線部エ)とあるが、このとき、水樹はどのような心情であったと考えられるか。本文全体の内容を踏まえて90字以内で説明せよ。

心情説明問題。傍線部は、水樹が久しぶりに再会した悠人を見送る場面「月面を歩く宇宙飛行士のような、どこか空を踏む不器用なその歩き方で彼はここまで生きてきたのかと思い、その道程にどれほどの苦難と努力があったかと思い、その背が見えなくなるまで見つめていた」(a)。そこで悠人の長兄で亡き正浩の「おれら子供はゆっくりと、歳を取っていくんや」(b)という言葉が蘇り、信也が悠人のために作った「ドレミの歌」の替え歌(c)の最後がオリジナルのまま「シはしあわせよ」(d)だったことを思い出した(傍線部)、のである。
 
ここから浮かび上がる水樹の心情は?まず長い時間の経過を経て(b)、久しく再会した悠人が辿ってきたであろう「苦難と努力」を想像し(a)、それと兄信也が弟のために作った替え歌、それはその最初のフレーズからも分かるように弟を励ます内容であるが、その替え歌と悠人の人生が重なったのである(c)。そして、その最後が元歌のまま「シはしあわせよ」であった!なんて素敵でないか!兄は、自らも子供ながら、これから襲いかかるであろう弟の苦難を思い、それを乗り越え強く生きれるように励まし(c).、そして最後に幸せが訪れるように願ったのである(d)。そのように感じ、水樹は感慨を深くした(e)、のである。なお、悠人(と信也)が実際に辿った半生の「苦難と努力」については本文前半部(1️⃣3️⃣)に詳述されており、「本文全体の内容を踏まえて」という要求も満たす。
 
解答は「信也が作った替え歌が、子供ながらに弟がこれから進む苦難を思って励まし(abc)/最後は元のまま幸せを願う形で結んでいることの意味を今改めて汲み取り(d)/兄弟がたどった半生と重ね感慨を深めている(e)」となる。
 
〈GV解答例〉
信也が作った替え歌が、子供ながらに弟がこれから進む苦難を思って励まし、最後は元のまま幸せを願う形で結んでいることの意味を今改めて汲み取り、兄弟がたどった半生と重ね感慨を深めている。(90)
 
〈参考 S台解答例〉
生きづらさを抱えつつも努力と苦難を経て自分らしく好きなことを生かした生活を送る今の悠人の姿に、不器用でもゆっくりと自分なりの人生を歩む先に幸せが待っているのだろうと励まされる思い。(90)
 
〈参考 K塾解答例〉
苦難に満ちた人生を経て、今自分らしく生きえている悠人の姿に、亡くなった正浩の言葉が重なり、ゆっくり焦らず努力を続ければ、きっとそれがしあわせにつながるのだとの励ましを感じている。(89)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
悠人は発達障害に苦労しながらも努力を重ね、今は彼自身のやり方で自立していることを知り、変わらず兄思いである彼にかつての親愛の情を蘇らせつつ、その前向きな生き方に心を打たれている。(89)
 
〈参考 T進解答例〉
子供のころから困難を抱えて生きていた悠人が現在は苦難を努力で乗り越えて自分らしく幸せに生きていることに、信也が作ったドレミの歌や亡くなった正浩の言葉が重なり、誇らしさを感じている。(90)