〈本文理解〉

出典は河野哲也『境界の現象学』。
センター試験では、厳しい時間的な制約の中で客観的に本文を読解し、それに基づき正しい答えを導くことが求められます。ところで「客観的に読む」とはどういうことか。それはつまるところ、筆者と読者一般との間で共有されている(はずの)「前提」にしたがって読むことです。その前提となるのは「言葉の標準的な意味」と「表現上の工夫」です。そこで、前者については必要最低限の語彙を身につける必要があり、後者については半ば無意識のうちにやりとりしているものを意識化する必要がある。
その意味で現代文の学びで、まず必要になるのは「形式性」へのこだわりであり、読解の途中で教師が「わかりやすい」説明を施すのは学ぶものが自ら内容を汲みとる機会を奪うことにもなりかねない。もちろん徹底した「形式」へのこだわりの先に豊かな「意味世界(内容)」の海が広がるのですが。
したがって、センター試験でも、もちろん二次試験でも、形式性に則った客観的な読みが求められ、それが結果として「速読」を可能にします。その上で、設問の要求を十分にふまえ、解答の根拠を本文中から探し、選択肢を「書くように」選ぶ。こうした一貫した方針を、あらゆる文章に適用し、誤りを修正しながら継続して鍛練する。これが現代文の試験で「確実に」高得点をとるための、正しい方法だと考えます。

〈本文理解〉
前書きに「近年さまざまな分野で応用されるようになった『レジリエンス』という概念を紹介し、その現代的意義を論じたもの」とある。

①段落。環境システムの専門家であるウォーカーは、以下のような興味深い比喩を持ち出している。
②段落。(引用)。
③段落。この引用で言う「レジリエンス(resilience)」とは、近年、さまざまな領域で言及されるようになった注目すべき概念である。この言葉は「撹乱を吸収し、基本的な機能と構造を保持し続けるシステムの能力」を意味する。

④段落。レジリエンスの概念をもう少し詳しく説明しよう。レジリエンスは、もともとは物質が元の状態に戻る「弾性」のことを意味する。60年代になると生態学や自然保護運動の文脈で、生態系が変化に対して自己を維持する過程という意味で用いられるようになった。しかし、ここで言う「自己の維持」とは単なる物理的な弾力のことではなく、環境の変化に対して動的に応じていく適応能力のことである。

⑤段落。レジリエンスは、回復力、あるいらサステナビリティと類似の意味合いを持つが、「そこにある微妙な意味の違い」(傍線部A)に注目しなければならない。たとえば、回復とはあるベースラインや基準に戻ることを意味するが、レジリエンスでは、かならずしも固定的な原型が想定されていない。絶えず変化する環境に合わせて流動的に自らの姿を変更しつつ、それでも目的を達成するのがレジリエンスである。…

⑥段落。また、サステナビリティに関しても、たとえば「サステナブルな自然」といったときには、唯一の均衡点が生態系のなかにあるかのように期待されているが、これは自然のシステムの本来の姿とは合わない。レジリエンスで目指されているのは健康なダイナミズムである。レジリエンスは、適度な失敗が最初から包含されている。たとえば…

⑦段落。さらに80年代になると、レジリエンスは、心理学や精神医学、ソーシャルワークの分野で使われるようになった。…

⑧段落。たとえば、フレイザーはソーシャルワークと教育の分野におけるレジリエンスの概念の重要性を主張する。従来は…(患者は医師に依存)。これに対して、レジリエンスに注目するソーシャルワークでは、患者の自発性や潜在能力に着目し、患者に中心をおいた援助や支援を行う。

⑨段落。フレイザーのソーシャルワークの特徴は、人間と社会環境のどちらかではなく、その間の相互作用に働きかけることにある。クライアントの支援は、本人の持つレジリエンスが活かせる環境を構築することに焦点が置かれる。たとえば…

⑩段落。「ここでレジリエンスにとって重要な意味をもつのが『脆弱性(vulnerable)』である」(傍線部B)。通常、脆弱性とは回復力の不十分さを意味し、レジリエンスとは正反対の意味を持つと考えられている。しかし見方を変えるなら、脆弱性は、レジリエンスを保つための積極的な価値となる。なぜなら、脆弱性とは、変化や刺激に対する敏感さを意味しており、このようなセンサーをもったシステムは、環境の不規則な変化や撹乱、悪化にいち早く気づけるからである。たとえば…

⑪段落。(近年のエンジニアリングの分野におけるレジリエンスの貢献)。

⑫段落。以上のように、レジリエンスという概念に特徴的なことは、それが自己と環境の動的な調整に関わることである。回復とは、システムどうしが相互作用する一連の過程から生じるものであり、システムが有している内在的性質ではない。…レジリエンスは、複雑なシステムが、変化する環境のなかで自己を維持するために、環境との相互作用を連続的に変化させながら、環境に柔軟に適応していく過程のことである。

⑬段落。レジリエンスがこうした意味での回復力を意味するのであれば、「それをミニマルな福祉の基準として提案できる」(傍線部C)。すなわち、ある人が変転する世界を生きていくには、変化に適切に応じる能力が必要であって、そうした柔軟な適応力を持てるようにすることが、福祉の目的である。福祉とは、その人のニーズを充足することである。ニーズとは人間的な生活を送る上で必要とされるものである。ニーズを充足するには他者から受け取るばかりでなく、自分自身がニーズを充足する力を持つ必要がある。…

⑭段落。レジリエンスとは、自己のニーズを充足し、生活の基本的条件を維持するために、個人が持たねばならない最低限の回復力である。…傷ついて、病を得て、あるいは、脆弱となって自己のニーズを満たせなくなった個人に対してケアする側がなすべきは、物を修復するような行為ではないし、単に補償のための金銭を付与することでもない。…生命の自己維持活動は自発的であり、生命自身の能動性や自律性が要求される。したがって、ケアする側がなすべきは、さまざまに変化する環境に対応しながら自己のニーズを満たせる力を獲得してもらうように、本人を支援することである。

〈設問解説〉問1 (漢字の書き取り)

(ア)促進 (イ)健康 (ウ)権限 (エ)偏って (オ)頑健

 

問2「そこにある微妙な意味の違い」(傍線部A)とあるが、どのような違いか。その説明として最も適当なものを選べ。

内容説明問題。「そこ」とは「レジリエンス(a)」と「回復力(b)」あるいは「サステナビリティ(c)」との類似の意味合い、である。aとb、aとcの対比の問題で(bとcはaに対して同じ側)、それぞれ⑤、⑥段落に記述があるから、そこを解答範囲とする。対比の問題は、両者を明確に分ける要素に焦点をしぼり説明することが肝要である。

⑤段落より、bが「基準点に戻る(d)」ことを意味するのに対し、aは「変化する環境に合わせて流動的な自らの姿を変更しつつ、その目的を達成する(e)」とある。ここが両者の分岐点で、「均衡点が…期待されている(⑥)」とあるcとの対比にも当てはまると判断してよかろう。ここまで整理して選択肢を横に眺めると、「bcはYだが、aはX」という形でそろっているので、Y=d、X=eとなっている②を選ぶ。特に紛らわしい選択肢はないだろう。

問3「ここでレジリエンスにとって重要な意味をもつのが『脆弱性(vulnerable)』である」(傍線部B)とあるが、それはどういうことか。その説明として最も適当なものを選べ。

内容説明問題。傍線を分析して、「脆弱性」のここでの内容(a)と、それがレジリエンスに対してどういう意味をもつか(b)、の2点を解答要素として抽出する。解答範囲は、主に傍線を含み「脆弱性」の説明がある⑩段落となるが、同一意味段落の⑦〜⑩段落(ソーシャルワークにおけるレジリエンス)も踏まえておく。

傍線の後を追うと、「通常〜しかし〜」の譲歩-逆接コンビの後、「脆弱性は、レジリエンスを保つための積極的な価値」とあり、さらにその次文「脆弱性とは、変化や刺激に対する敏感さ(→a)」を意味し、「このようなセンサーをもったシステムは、環境の不規則な変化や撹乱、悪化にいち早く気づける(→よってレジリエンスに貢献する→b)」と続く。これが解答根拠。

選択肢は全て2文構成で、2文目は「そのとき脆弱性はXのためY」とそろっている。Xの箇所でa要素を正しく説明しているのは③④。そのうち、Yの箇所で「非常時に高い対応力を発揮する施設や設備を作る際などに重要な役割を果たす」としている③が正解。b要素と⑩段末文の具体例が踏まえられているからである。一方④は、dの箇所で「均衡状態へと戻る」としているので明らかに誤り(←問2)。

問4「それをミニマルな福祉の基準として提案できる」(傍線部C)とあるが、それはどういうことか。その説明として最も適当なものを選べ。

内容説明問題。「それ」は、前⑫段落で述べた意味での回復力をあらわすレジリエンス(a)である。一方「福祉」とは、傍線を後ろにたどり、「(環境の変化に対して)柔軟な適応力を持てるようにする」ために「その人のニーズを充足すること」(b)である。そのニーズを充足するには、「自分自身でそのニーズを能動的に充足する力(c)」を持つ必要がある。(以上⑬段落)。こう述べた上で、⑭段落冒頭で再びaについて「レジリエンスとは、自己のニーズを充足し、生活の基本的条件を維持するために、個人が持たねばならない最低限の回復力である」とする(a+b)。

解答構成が難しいが、a+bが「ミニマルな福祉の基準」とするなら、それを起点に福祉はcを育てる方向に展開する必要があるということだろう。選択肢は全て2文構成で、1文目が「Xを、福祉における最低基準とすることができる」でそろっている。Xの箇所が上のa+bと対応し、2文目でcについて「被支援者がその能力を身につけるために補助することが求められる」と指摘している②が正解。①は前半もズレているが、「被支援者が主体的に対応できるような」の後が「社会体制を整備」と制度面に限定している点が明らかに誤り。

問5 次に示すのは、本文を読んだ後に、三人の生徒が話し合っている場面である。本文の趣旨を踏まえ、空欄に入る発言として最も適当なものを選べ。

空欄補充問題。三人の生徒が読後の感想を話し合う設定の中に、空欄が設けられている。設問に「本文の趣旨を踏まえ」という断りがあるのに留意するのは当然だが、まずは空欄の前後の流れを踏まえ解答することの条件をしぼり込むことだ。
そこで空欄の前だが、生徒Bのレジリエンスの捉え方に疑問を呈した上で生徒Cは、レジリエンスを「さまざまに変化する環境のなかでどんなふうに目的に向かっていくか(a)」と捉え直す。また、⑤段落「発展成長する動的過程(b)」がaに対応するとした上で、それは「私たちのような高校生に向けられているみたいだね」と話題を身近なものにする。これに生徒Aが「たしかにね」と同意した後に空欄が設けられている。そして、その空欄を承けて生徒Bが「なるほど、『動的』ってそういうことなのか」と締めているのである。

以上より、空欄はレジリエンスの過程(ab)を、生徒たち自身に当てはめ表現した内容となる。本文⑤段落の「変化する環境に合わせて流動的に自らの姿を変更しつつ、それでも目的を達成するのがレジリエンス」なども参考にすると、「新チームで話し合って現状に合うように工夫したら、目標に向けてまとまりが出てきたよ」とする②が素直に選べるだろう。

問6 この文章の表現と構成について、次の(I)・(II)の問いに答えよ。 (I) この文章の表現に関する説明として最も適当なものを選べ。 (II) この文章の構成に関する説明として適当でないものを選べ。

(I)は正答選択で、(II)は誤答選択だが、これらの場合はいずれにしろ、選択肢を見て本文に戻り、明らかに矛盾する選択肢を消していく方針が安全だろう。

(I)の①は②段落の引用部の箇所を問うているが、「…水を運んでいるとしよう」「…行ったとしよう」という表現は、仮定に則る想像を促した上で、直後「…水を運ぶのは簡単である」と仮定に対する答えを提示し読者が納得しやすくしている。よって①が正解。②の「ここで言う『自己の維持』」はウォーカーの知見を承けたものであって、「筆者が独自に規定」したものではない。③は「本来好ましくない」が、④は「敬意を示す」がそれぞれ不適切。

(II)は④の「筆者の立場から反論」が明らかに誤りで、これが正解。⑬段落(そして最終⑭段落)は、特に前段のレジリエンスの抽象的規定を「レジリエンスがこうした意味での回復力を意味するのであれば」と踏まえた上で、あるべき福祉のあり方に発展させ考察していくパートである。