出典

出典は白居易『白氏文集』。白居易(字は楽天)は中唐を代表する詩人で、「長恨歌」など日本でも馴染み深い。
漢文は、中国文語を日本語の古語で訓読したものである。古代以来、わが国のエリート層に広く親しまれ、大陸的な世界観や合理的なものの見方は、日本人の思想形成に大きな影響を与えてきた。そうした観点から、現在の国語教育においても、漢文は「古典」の一つとして、語学的に、かつ思想内容的に学ばれている。
漢文解釈においては、以下の三つのレベルに着目し、「小から大」「大から小」と見て総合的に判断する。
①語句のレベル(頻出語、推測語)
②一文のレベル(基本構文、句法・語法)
③文章のレベル(対句・比喩などのレトリック、論理展開)
前書きに「唐の白居易は、皇帝自らが行う官吏登用試験に備えて一年間受験勉強に取り組んだ。その際、自分で予想問題を作り、それに対する模擬答案を準備した。次の文章はその【予想問題】と【模擬答案】の一部である」とある。

 

 

〈【予想問題】の現代語訳〉

問う。古来より、「君者無不思求其賢、賢者罔不思効其用」(傍線部A)、それなのに両者が巡り合うことはない、何ゆえか。今賢者を求めるのに、その方法はどこにあるか。
 
 

〈【模擬答案】の現代語訳〉

人君で賢者を求めない者はなく、臣下でその力になろうと思わない者はいない、とお聞きしました(とおっしゃいました)。それなのに、人君は賢者を得られず、臣下は力を尽くす「無由」(波線部(ア))のは、「豈不以貴賤相懸、朝野相隔、堂遠於千里、門深於九重」(傍線部B)。
私めが「以為」(波線部(イ))、賢者を求めるにも賢者を弁別するにも方法があります。その方法とは、賢者の集まりをよくよく見極めた上で、その集団に互いを推挙させるに尽きます。身近な例で言うと、「其猶線与矢也」(傍線部C)。糸は針によって縫うことができ、矢は弦によって射ることができます。糸や矢があっても、針や弦がなければ、役を果たそうにも果たすことができません。そもそも集団に推挙させる法をとるのは、思うに賢愚にしろ善悪にしろ一貫したところがあり、似た者で求め合うならば、「[X]以類至」(傍線部D)。これは水が湿ったところに流れ、火が乾いたところに広がるようなもので、「自然之理也」(傍線部E)。
 
 

〈設問解説〉
問1 波線部(ア)「無由」・(イ)「以為」・(ウ)「弁」のここでの意味として最も適当なものを、それぞれ一つずつ選べ。

 
(ア)の「由」は「理由・手段」の意。返読文字の「無」に返って①「方法がない」、③「原因がない」。ここは「臣は用を効さんとして」(臣下は力を尽くそうとして)に続く箇所だから、意味的に①が正解となる。
 
(イ)「以為」は「以A為B」(Aヲ以テBト為ス)という形で「AをBと考える」と訳す。そのAが省略された「以為B」は「以テBト為ス」、あるいは読み下して「おもへラク〜ト」と読む。そこから意味も①「考えるに」に決まる。
 
(ウ)は「弁賢」(VO)の「弁」の訳。選択肢は全て「弁」の熟語なので、その中から文脈に合ったものを選ぶ。ここは「求賢」(VO)と並列になって「(君主が)賢者を求め…賢者を弁別する」という意味。よって⑤が正解。
 

問2「君者無不思求其賢、賢者罔不思効其用」(傍線部A)の解釈として最も適当なものを一つ選べ。

傍線部は前半と後半が対句になっており、主語の下にくる「無不思」「罔不思」はともに「思わざるなし」と読み二重否定=強い肯定となる。この点は全ての選択肢で正しく訳されている。ならば次は「君者〜求其賢」「賢者〜効其用」の解釈。傍線部は【予想問題】の冒頭にあり、【模擬答案】部も含めた本文全体の主題が提示された箇所。つまり君主による人材登用のあり方が【問題】として挙げられた箇所である。これより正解は「君主は賢者を登用しよう〜」「賢者は君主の役に立ちたい〜」と訳されている③となる。
 
 
 
 

問3「豈不以貴賤相懸、朝野相隔、堂遠於千里、門深於九重」(傍線部B)の返り点の付け方と書き下し文との組合せとして最も適当なものを一つ選べ。

「豈」は疑問詞で「どうして」と訳し、反語になることが多い。また「豈不」の形で「豈ニ〜ずヤ」と読み「なんと〜ではないか!」という詠嘆の意味にもなる。選択肢は①②③が疑問(〜連体形+や。)、④⑤が詠嘆となっている。
「以」は接続詞(V〜以V)、前置詞(以AV)、動詞(V以A)の用法がある。ここは、4つの名詞の塊が下接することを見抜ければ、そこから返って前置詞の役割(〜する理由で)をすることが分かる。
 
その4つの名詞の塊だが、「貴賤相懸」と「朝野相隔」、「堂遠於千里」と「門深於九重」がそれぞれ対句となっている。とりわけ下のペアは「於」が置き字、「遠」と「深」が形容詞であることに着目すると「S〜ヨリ(モ)〈形〉」という読みになることが分かる。
 
以上の分析により、正解は⑤「豈ニ貴賤懸たり、朝野隔たり、堂は千里よりも遠く、門は九重よりも深き以ってならずや」。この箇所の訳は「(人君は賢者を得られず、臣下は力を尽くす方法がないのは)貴賤が隔たり、朝廷と民間に距離があり、君主の執務室は千里よりも遠く、王城の門は九重よりも厚いからではないか」となる。
 
 

問4「其猶線与矢也」(傍線部C)の比喩は、「線」・「矢」のどのような点に着目して用いられているのか。最も適当なものを一つ選べ。

傍線部は「猶ホ〜ごとシ」と「A与B(AとBと)」に注意して、「其はちょうど線(糸)と矢のようなものだ」と訳すことができる。「其」といのはつかみづらいが、賢者をスカウトする方法として、そのグループの中から互いに推薦させる(←使之推薦)という前文の内容を承けている。「其」が「線」と「矢」のようだ、と述べるのだが、「線」と「矢」のどのような点に着目してか、というのが問われているのである。
 
当然、その後に続く箇所に根拠がある。特に「雖有線矢、苟無針弦、求自致焉、不可得也」の意味を「糸や矢があっても(〜ト雖ドモ)、針や弦がなければ(苟クモ〜バ)、役を果たそうにも果たすことができない」ととることができれば、正解①を導ける。「「線」や「矢」は、単独では力を発揮しようとしても発揮できないという点」。
 

問5「[X]以類至」(傍線部D)について、(a)[X]に入る語と、(b)書き下し文との組合せとして最も適当なものを一つ選べ。

傍線部の前部は、「線」と「矢」の具体例を挟み(→問4)、賢者のスカウト法についての筆者の見解に戻る箇所。「夫必以族類者、蓋賢愚有貫、善悪有倫、若以類求」を解釈すると「そもそも(夫レ)集団に推挙させる法をとるのは、思うに(蓋シ)賢愚にしろ善悪にしろ一貫したところがあり、似た者で求め合うならば(若シ〜バ)」。これに続く傍線部の内容は「似た者になる」という方向になるはずである。ならば[X]はその方向を強調するものであって、否定であってはならない。よって[X]には「必」がふさわしく、正解は③「必ず以て至ればなり」。前部と併せて改めて大意をとると、「そもそも集団に推挙させる法をとるのは、思うに賢愚にしろ善悪にしろ一貫したところがあり、似た者で求め合うならば必ず似た者が見出せるからである」となる。
 
 
 

問6「自然之理也」(傍線部E)はどういう意味を表しているのか。その説明として最も適当なものを一つ選べ。

傍線部を含む一文「此亦猶水流湿、火就燥、自然之理也」で把握するとよい。「此」というのは、問5を踏まえ「似た者は似た者を引き寄せる」こと。「此」が「自然之理」であり、ちょうど「水流湿、火就燥」のようだ(猶ホ〜ごとシ)と言っているのである。「水流湿、火就燥」はともに「SVC」の形で対句をなす。訳は「水は湿ったところに流れ、火は乾いたところに広がる」となる。以上より、正解は④「水は湿ったところに流れ、火は乾燥したところへと広がるように、性質を同じくするものは互いに求め合うのが自然であるということ」。
 
 
 
 

問7【予想問題】に対して、作者が【模擬答案】で述べた答えはどのような内容であったか。その説明として最も適当なものを一つ選べ。

【予想問題】=主題に対する【模擬答案】の結論=主張を問う問題。筆者の主張は【模擬答案】の2段落2文目で端的に述べられる(その後「線」「矢」の例を挟み、再び主張を確認して文を終える)。すなわち「方術者、各審其族類、使之推薦而已」。解釈すると「賢者をスカウトする方法は、賢者の集まりをよくよく見極めて、その集団に互いを推挙させるに尽きます(人ヲシテ〜シム・而已=のみ)」となる。これより、正解は④「君主が賢者と出会わないのは、君主が賢者を見つけ出すことができないためであり、賢者を求めるには賢者のグループを見極めたうえで、その中から人材を推挙してもらうべきである」。前半部については、傍線部Bの内容などを根拠にするとよいだろう(→問3)。