〈本文理解〉

出典は奥野克巳『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』。筆者は人類学者。

 

①~③段落。(プナンの民話の引用)。この民話は、「ケチはダメ」というメッセージを伝えている。プナンにとって、寛大であることは重要な美徳である。(筆者の体験談)。贈り物は、自らのもとに抱え込むのではなく、それを欲しがる別の誰かに惜しみなく分け与えることが期待されている。

 

④~⑥段落。もらった贈り物を他人に分け与えることは、プナンが生まれながらに持っている「徳」なのだろうか。いや、そうではないように思われる。(体験談)。手元にものを置いておきたいというのが本心であり、「社会慣習」として、ものを惜しみなく他人に与えることがおこなわれている。(体験談)。プナンは、そのようにして後天的に、与えられたものを分け与えるという規範を社会に広く行き渡らせてきた。ものを惜しみなく分配するという寛大な精神は、けっして生まれながらのものではない。ケチの小さな芽は、見つけられたらただちにつぶしにかからなければならない。

 

⑦段落 (マオリの「ハウ」=「贈与の霊」の例)。

 

⑧段落 (インディアンの例)。

 

⑨段落。中沢新一によれば、インディアンにとっては、贈り物を自分のものにしてはならず、贈り物は動いていかなければならなかった。贈り物と一緒に「贈与の霊」が、他人に手渡される。「贈与の霊」は、別のかたちをした贈り物にそえて、お返ししたり、別の人たちに手渡ししたりして、動かさなければならない。中沢は、「贈与の霊」が動き、流れてゆく時、世界は物質的にも豊かになり、人々の心は生き生きとしてくるのだと言う。

 

⑩段落。資本主義のもとでは、資本が一ヶ所に集められ事業に投下されることによって経済活動がおこなわれる。やがてお金がどこかにためこまれ、経済が停滞すると、社会そのものに活力がなくなってしまう。世界恐慌の時代、財政破綻に陥ったオーストリアのとある町議会は、その町だけで通じる「自由貨幣」を発行することを決めた。それ以来、地域通貨を導入し、貨幣を循環させ、人と人のつながりを生みだし、社会に活気を取り戻すための取り組みが世界各地で行われてきた。資本主義が抱える課題の先に見出された地域通貨の中にもまた、「「贈与の霊」の精神を確認することができる」(傍線部(1))。

 

⑪段落。プナンには、「贈与の霊」そのものズバリの考え方はない。しかし彼らも、ものに「贈与の霊」があるかのように、ものを滞らせることなく、循環させようとしている。人が人にものを贈る。もらった人は別の人にそのものを贈る。そのことにより、ものは特定の個人だけに留まることはない。個人占有の否定、つまりケチの小さな芽をつぶすことは、原理的に、ものを循環させることにつながっている。

 

⑫~⑭段落。プナン社会では与えられたものを寛大な心ですぐさま他人に分け与えることを最も頻繁に実践する人物が、最も尊敬される。そういう人物は、ふつうは最も質素だし、場合によっては誰よりもみすぼらしいふうをしている。彼自身は、ほとんど何も持たないからである。何も持たないことに反比例するかのように、彼は人々の尊敬を得るようになる。そのような人物は、ビッグマンと呼ばれ、共同体のアドホックなリーダーとなる。与えられたものを他人にすぐさま与えて、ものを循環させるスピリットを持っていれば、彼のもとには、その徳を敬い彼のことを慕う人々が集まる。彼の言葉は、人々を動かす原動力となる。逆に、彼が個人的な欲に突き動かされるようになり、与えられたものを個人の富として蓄えるようになれば、彼が発する言葉はしだいに力を失い、人々はしだいに彼のもとを去っていく。

 

⑮段落。なぜそこでは、このような社会道徳が発達してきたのか。それは食べることと生きることに深く関連するように思われる。狩猟に出かけて獲物が獲れなくても、隣の家族で獲物が獲れた場合には、そちらに行って食べさせてもらう。逆の場合もある。そうすることで、共同体の誰もがつねに食べることが可能になる。つまり、ものがある時に惜しみなく分け与えることで、ものがない時に分け与えられることを保証する仕組みが築かれてきたのである。その仕組みを支えるため、プナンでは「ケチはダメ」という規範が広く浸透しているのだと思われる。

 

⑯~⑱段落。ものをもらった時に、相手に対して感謝の気持ちを伝える「ありがとう」という表現は、プナン語にはない。他方、「ありがとう」に相当する言い回しとして、”jian kenep”(よい心)という表現がある。「よい心がけ」であると、分け与える精神こそが褒められるのである。その意味で、ビッグマンは、「よい心がけ」という言い回しによって表される文化規範の体現者でもある。熱帯の狩猟民は、有限の自然の資源を人間社会の中で分配するために、独自の贈与論生み出してきた。

 

⑲~21段落。さて、この熱帯の贈与と交換の仕組みの中で、誰が最も強い存在であろうか?何も持たない者こそが、そこでは最強である。〈彼〉/〈彼女〉はつねに〈私〉の持ちものをねだりにやってきて、〈私〉から持ちものを奪い去っていく。〈私〉にとっての〈彼〉/〈彼女〉である他者は、何も持たない者であるからこそ、〈私〉を脅かしつづける。〈私〉は物欲を抱えているからである。そのうち〈私〉は、持たないことの強みに気づくようになり、最後には、持たないことの快楽に酔い痴れるようになる。その意味で、「熱帯の贈与論」(傍線部(2))における「他者」とは、たんにねだりにやって来る〈彼〉/〈彼女〉のことではなく、〈私〉が目指すべき、ねだっては与える〈私〉、すなわち「自己」でもあるのだ。プナンの小宇宙では、「こうした持つことと持たないことの境界が無化された贈与と交換の仕組み」(傍線部(3))が深く根を張っていて、貨幣を介して、持ちものやお金をためこもうとたくらんで外部から滲入してくる資本主義をばらばらに解体しつづけているのである。

〈設問解説〉 問一 (漢字/読みはカタカナ指定)

ウナガ ハタン オチイ トドコオ シズ 君臨

 

 

問二 (内容合致)

× × ×

問三 傍線部(1)について、地域通貨の中に「「贈与の霊」の精神」が確認できると筆者が考えるのはなぜか、本文に即して100字前後で説明せよ。

理由説明問題(類比)。「地域通貨(A)は/C(A∩B)という点で/「贈与の霊」の精神(B)に通じているから」という解答構文に定める。Bについては、⑨段落末文「「贈与の霊」が動き、流れていく時、世界は物質的にも豊かになり、人々の心は生き生きとしてくる」(B+)を根拠にする。Aについては、⑩段落の傍線の前文「貨幣を循環させ、人と人のつながりを生みだし、社会に活気を取り戻す」(A+)を根拠にする。上の構文のCの位置にA+を、Bの位置にB+を圧縮して繰りこめば解答の大筋ができる。

 

ただ注意しなければならないのは、ここでの「地域通貨」は「貨幣一般」とは真逆に機能するということだ。「貨幣一般」が、本文末文に「貨幣を介して、持ちものやお金をためこもうとたくらんで外部から滲入してくる資本主義」とあるように、資本主義/グローバル化の尖兵として「資本が一ヶ所に集められ、事業に投下される」(スケールメリット)(⑩冒頭)を促すのに対し、まさにその破局としての世界恐慌から生まれた「地域通貨」のアイデアは、資本の独占による経済の停滞を避けようとするものであった(←⑩)。「地域通貨」が問いの主題である以上、この内容の指摘は必須であろう。

<GV解答例>
地域のみで循環する地域通貨は、資本の独占による経済の停滞を避け、貨幣を媒介に人々の繋がりを生み社会を活性化させる点で、贈り物を「霊」と共に動かしていくマオリやインディアンの伝統的精神と通じているから。(100)

<参考 S台解答例>
貨幣を循環させ、人と人とのつながりを生みだし社会に活気を取り戻す地域通貨の導入は、「贈与の霊」の精神同様、ものを滞らせることなく循環させ、人びとの心を生き生きとし、世界を物質的にも豊かにする取り組みだから。(104)

<参考 K塾解答例>
貨幣を循環させ、人と人とをつなぎ、社会に活気を取り戻す地域通貨の働きには、贈り物をすぐに他人に与えてものを循環させることで、世界を豊かにし、人の心を生き生きとさせる「贈与の霊」の精神と同様の精神を見出すことができるから。(110)

問四 傍線部(2)について、プナンのような狩猟民の社会で「熱帯の贈与論」が生み出された理由を、本文に即して100字以内で説明せよ。

理由説明問題。傍線は最終の21段落にあるが、設問の要求に従うと、解答根拠は⑮段冒頭「なぜそこでは、このような社会道徳(=与えられたものを寛大な心ですぐさま他人に分け与えるという規範)が発達してきたのか」以下、⑰段落末文「熱帯の狩猟民は、有限の自然の資源を人間社会の中で分配するために、独自の贈与論を生みだしてきた」(A)までの範囲となる。以上より、Aに加え、⑮段落「ものがある時に惜しみなく分け与えることで、ものがない時に分け与えられることを保証する仕組み(B)(が築かれてきた)」を根拠にして、「Bによって/有限の自然の資源を社会の中に分配する必要があったから(A)」と解答の核を作る。

 

2つの配慮点。1つは、「有限の自然の資源」というのは、「資源自体の希少性」以上に、生産経済と対比される「獲得経済」という熱帯の狩猟民の生活スタイルに起因するという点。⑮段「狩猟に出かけて獲物が獲れなくても…」の記述が参考になる。もう1つは、Bの仕組みは決して生得のものではなく、「社会慣習」(規範/イデオロギー)として内面化が図られたものであるという点(←④⑤)。この2つの理解を解答に反映させた。

<GV解答例>
獲得経済で食資源が限られる熱帯の狩猟民は、ものがない時に分け与えられるために、ある時に惜しみなく分け与えることを推奨する規範を内面化することで、資源を社会に行き渡らせ、その存続を図る必要があったから。(100)

<参考 S台解答例>
捕獲量が安定しない状況で、ものがある時に惜しみなく分け与えることで、ものがない時に分け与えられることを保証する仕組みにより、有限の自然の資源を社会の中で分配し、その恵みを社会全体に行き渡らせるため。(99)

<参考 K塾解答例>
自然の資源が有限であるなかで、狩猟社会では獲物に恵まれないときであってもその社会の誰もが空腹に困ったりせず、つねに食べることが可能であるように、その資源を社会全体に行き渡るようにする必要があるから。(99)

問五 傍線部③について「持つことと持たないことの境界が無化され」るとはどのようなことか、本文に即して120字以内で説明せよ。

内容説明問題。傍線部の始めに「こうした」とあり、それが指すのは前文「その意味で、「熱帯の贈与論」における「他者」とはたんにねだりやって来る〈彼〉/〈彼女〉のことではない(A) /〈私〉が目指すべき、ねだっては与える〈私〉…「自己」でもある(B)」(21段落)である。さらに、「その意味で」の指す前20段落の内容を要約すれば、解答の筋ができる。「所有する者は、所有しない者にねだられ脅かされる→やがて物欲を捨て、持たないことの快楽に進む」(C)として、「持つこと→持たないこと」(C)へと進む「境界の無化」を説明する。ただ、これでは容易すぎるし、120字以内という解答字数からしても要素が少ない。

 

そこで、先ほど抽出した傍線前文(AB)のうち、Bの要素にこだわってみる。「ねだっては与える〈私〉/「自己」」とは、⑫~⑭段落で述べられるプナンの「ビッグマン」と対応するのではないか。「ビッグマン」は、「与えられたものを寛大な心ですぐさま他人に分け与えることを最も頻繁に実践する人物」(⑫)である。そのことで、「彼のもとには、その徳を敬い、彼のことを慕う人々が集まる/彼の言葉は…人々を動かす原動力となる」(⑬)。つまり、「与えられたものを気前よく他人に与える→他人の尊敬を集め、他人を動かす力を持つ」(D)という図式があり、これはCの逆ベクトル「持たないこと→持つこと」(D)として、プナンの「贈与と交換の仕組み」をCとともに構成し、「持つ/持たない」の「無化」を進めるのである。以上より、「熱帯の贈与と交換の仕組みの中では/D/一方C」という形で「無化」の説明とする。

<GV解答例>
熱帯の贈与と交換の仕組みの中では、与えられたものを気前よく他人に与えることを頻繁に実践する人物が尊敬を集め、人を動かす言葉を持ち、一方、所有にこだわる者は、持たない者のおねだりに脅かされ、やがて物欲を捨て持たないことの快楽に進むということ。(120)

<参考 S台解答例>
プナン社会では、ものを持つ者は、持たない者がものをねだり奪い去ることに脅かされつづけるが、やがてものを持たないことの強みに気づき、自身が持たない者を目指すことで、最後はねだって与える者となり、持つ者と持たない者は交互に入れ替わるということ。(120)

<参考 K塾解答例>
狩猟社会では、人はものを他者にねだれば与えられるが、そのものを自分のもとに抱え込むことなく、すぐさま他者に与えるというあり方が美徳とされ、そのようにしてものが耐えず循環していくので、持つ者と持たざる者が固定化されることはないということ。(118)