〈本文理解〉

出典は吉本隆明の随想『国語の教科書』。筆者は在野の思想家であり、戦後日本を代表する知の巨人。

①段落。激しい夏がおわって、秋が立ちはじめる気配が、ビルとビルの間の空の高さや町筋の透明度で、身近になってくると、きっと記憶にのぼってくる歌がある。

何ゆゑに遠く来つると悔ゆる日の 出できもやせんあきに入りなば (尾上柴舟)

②段落。これは旧制中学校(わたしのばあい工業学校)の教科書の、空欄みたいなところに載っていたものだ。国文学者としての柴舟のことも、歌人としての柴舟のことも、書家としての柴舟のことも、何も知らなかった。だが、十七、八歳のとき教科書にあったこの歌は、照れくさいが、現在でも毎年のように思いだし、その情感はいまもわたし個人にとっては新鮮なものだ。この歌には、音韻と韻律と季節の情感のリアリティが、稀な幸運さで結びついていて、記憶の持続をたすけているとおもう。そして深読みすれば「何ゆゑに遠く来つる」というのが、柴舟の脚絆、草鞋ばき姿の旅ばかりでなく、「形而上的な旅の経験さえ暗喩している」(傍線部A)。高校生くらいの年齢と国語力でも、その辺のところは読めていた。柴舟からの恩恵は、それ以上拡がらなかった。だがおなじように、いまでも口の端に二、三行くらいとびとびになら浮かんでくる藤村の「千曲川旅情の歌」などは詩へ深入りしてゆくきっかけになった。…この詩では「しろがねの衾の岡辺」という詩句の「衾」の意味がよくわからず、また表現として奇異に感じられた。

③段落。後年になってからかんがえてみると「しろがねの衾」という雪に覆われた岡のあたりの光景の表現は、藤村らしさが滲みでたもので、藤村がああでもない、こうでもないと苦心したところだとおもった。そして結局は「しろがねの衾」のような、苦心しながらも「表面だけ円くおさめて辻つまをあわせてしまう」(傍線部B)ような藤村詩の特徴がよくあらわれている。教科書にのったこの藤村の詩からは、刺戟は拡がっていった。そして自分でも七五調の詩をつくって手習いをはじめるまで深入りしていった。七五調の詩は、韻律がよく滑走して気分がいいのだが、いつも事態とそれを感受したところを、円く表面的におさめてしまう気がして、自分の手習いの詩は、だんだん自由な言葉で、いいたいことをいうスタイルに移っていった。

④段落。だが教科書の藤村詩は、しだいに明治の新体詩を漁って読む方向に、わたしを誘導していった。もうひとつ国語の教科書にあった文芸作品から、「意外に遠くまでひっぱっていかれた」(傍線部C)ものがある。それは芥川龍之介の短篇「沼地」だった。中身はつぎのようなものだった。

⑤段落。「私」はある展覧会場の一つの作品にいい難い衝撃をうける。作品を凝視していると、顔見知りの嫌な美術記者が、この絵はこの展覧会に出品したがっていたが、それが出来ないうちに死んでしまった無名の画家の作品で、遺族の頼みでやっと隅に置かれたものだと語る。「私」は、「私」の鑑賞力の見当違いを、からかいたいのだと感ずる。だが、「私」はこの「沼地」という題の油絵に、鋭く自然を掴もうとした、いたましい芸術家の姿を感じ、その記者に「傑作です」と昂然としていいかえす。

⑥段落。(この作品を)暗誦するというわけにはいかず、記憶には最後の「傑作です」という「私」の言葉と、その場面のニュアンスをとどめただけだった。でもこの最後の「傑作です」という言葉のところにきて、なぜか涙ぐむような感じをうけとった当時の自分の感情の状態も、同時に長く記憶にとどまった。

⑦段落。その後、わたしは何回か芥川の作品を、いわば意図的に読む機会があった。意図的に読むと「沼地」は、芸術家気質(と芥川が信じているもの)のイメージを強調するために、やや通俗的な誇張のメーク・アップが施されていて、その分だけ作品を駄目にしている。それとともに、あらゆる軽薄さや自嘲や皮肉や、ダンディな装いの仮面のしたに、芥川が生真面目にもっていた「芸術」や「芸術家」の姿にたいする、古典的な思いいれがとてもよく出ている作品だといえる。

⑧段落。わたしたちはこの作品で、事実にちかい素材を、事実みたいに描写したフィクションに当面している。晩年の芥川はこの誇張されたメーク・アップを解体して「裸体を露わにした作品」(傍線部D)に転じるとともに、「玄鶴山房」のような本格的なフィクションを描いた。

⑨段落。ところで、わたしはここで何をいいたいのだろうと、かんがえてみる。…そんな旧懐の情念や、教科書への思いいれが、まったく無いといったら嘘のような気がするが、どうもわたしのなかには「もっと醒めた気持ちの動き」(傍線部E)があるようだ。わたしはたまたま十七、八歳の多感な時期に、国語教科書をそんな風に読み、そんな風に関心をうごかし、ある意味ではそこから深いりして、詩や批評文を書くようになった。だが、国語教科書などにあまり関心をしめさず、文学などに深いりもせず、まったく別の工業技術の世界にはいっていった生徒が、クラスのほとんどすべてであった。わたしの国語教科書への思いいれや、恩恵の記憶などに、何ら普遍性がないことは、わたし自身がいちばんよく心得ている。こんな醒めたいい方ができるのは、この文章の主題が依頼されたもので、その主題にできるだけそいながら、依頼のせめを果たそうとするモチーフが濃厚だからだともいえる。だが、とかんがえをすこし集中させてみる。するとこの文章にもかすかだが、モチーフらしいものが潜在している気がしてくる。なにかといえば「別れ路」をわたしが語りたがっていることだ。

⑩段落。すくなくともわたしの旧制中学(工業学校)時代には、国語の教科書は、古典詩歌、物語と近代詩歌、小説とから温和な抄録をつくって、それを内容としていた。これは語句の解釈や、漢字の書きとり用に読み、練習することもできたが、情感や意味をひらくための素材として鑑賞し、そこから感覚や情念の野をひろげて、教科書以外の本の世界を漁ってゆく手だてにすることもできた。現代でもたぶんおなじことで、その方法ははるかに高度になっているかもしれない。

11段落。ただ国語の教科書を教科書として読むことと、教科書の外の世界にもすぐにむすびついている文学作品の抄録として読むことのあいだには、かすかな「別れ路」があるとおもえる。「言葉にもかたちにもなかなかこの「別れ路」はいいあらわせない」(傍線部F)。だがこの「別れ路」の道祖神に具えられた供物に盛ってある「有益な毒」みたいなものを、誰が飢えて盗み食いして去っていったのか、誰が食べずに通りすぎていったのか、あるいは「別れ路」があることさえ気づかすに、あかるく教科書を征服して、愉快に歩いていったのか、またおよそ国語の教科書などまともに開いたことがなくても、何不自由なく自在に話し言葉をあやつって、実生活を開拓する道をいったのか、そのときのクラスの餓鬼どもの風貌ひとつひとつと照らしあわせて、たどってみられたらどんなに興味深いか、そんな空想をしてみたくなる。そして「この空想のなかには、国語教科書の宿命もまた含まれている気がする」(傍線部G)。

問一「この場合」とあるが、それはどういう場合か、70字以内で説明せよ。

内容説明問題。傍線部を一文に延ばし、「…「何ゆゑに遠く来つる」というのが(a)/柴舟の脚絆、草鞋ばき姿の旅ばかりでなく(b)/形而上的な旅の経験(c)/さえ暗喩している(d)」と分けて適切に言い換える。(a)は、「柴舟の歌の一節「何ゆゑに遠く来つる」」である。(b)は一般化して、「作者自身の旅と情感にとどまらず」とする。(c)がポイントだが、本文に言い換え表現が見当たらないので難しい。

まず、(b)との対比で、それは「読み手を巻き込む一般的な旅の情感」である。ただし、「旅の情感」と言っても、実際の旅ではない。ここでの「形而上的な旅」は人生のメタファーである。人生を旅に喩えるのはごく一般的で、筆者と読者の共通了解のうちにあると言えるからである。歌は「〜と悔ゆる日の 出できもやせん秋に入りなば」と続く。秋は都市に住む(旅先の)現代人の郷愁(秋/心)を誘い、また人生も盛り(夏)を過ぎたとき、ふと寂しさを感じる、そうした思い(c)までも柴舟の歌は喚起する(d)というのである。

〈GV解答例〉

チームの対戦において、贔屓チームの勝利を願って、相手チームの不利になること一切を善とし、逆に、贔屓チームの不利になること一切を悪とする場合。(70)

〈参考S台解答例〉
自分の応援するチームの勝利を願い、相手チームに不利益になることをすべてよしとし、贔屓チームの不利になることは一切が悪であると決めつける場合。(70)

〈参考 K塾解答例〉
贔屓チームの勝敗に一喜一憂し、自分の応援するチームの勝利のためには相手チームの不利益になることをすべてよしとする、熱狂的なファンの場合。(68)

〈参考 Yゼミ解答例〉
スポーツの試合で、贔屓のチームの有利や相手の不利になることはすべて肯定され、贔屓のチームの不利や相手の有利になることはすべて否定される場合。(70)

問二「基準の一定性」とあるが、それはどういうことか、説明せよ。(三行)

内容説明問題。一文で把握すると、藤村詩には、「しろがねの衾」のように、「苦心しながらも(a)/表面だけ円くおさめて辻つまをあわせてしまう(b)」面がある、となる。(b)と対応する述語表現に着目して、傍線部の2文後「(藤村詩に見られる)七五調の詩は/韻律がよく滑走して気分がいいのだが(c)/いつも事態とそれを感受したところを(d)/円く表面的におさめてしまう気がして(b)」を参考にすればよい。つまり藤村は、「詩情をそそる事態と情感(d)」を「七五調の制限に繰り込もうとして苦心しながらも(a)」、結果として「美しい韻律に仕上げてしまう(bc)」のである。

これに加え、「しろがねの衾の岡辺」が学生の筆者に「表現として奇異に感じられた」(②)ということも踏まえる。つまり、(d)を七五調に収めようとして苦心した後が「表現上の奇異さを残しながら(e)」という要素を加えておく。解答は「藤村詩は(d→a→e→bc)の面がある」とまとめる。

〈GV解答例〉
基準が一部の利害関係者の善悪の判断により恣意的に決定され、改変されることを認めず、公的に定められた基準を、全ての関係者に等しく、恒常的に適用すること。(75)

〈参考 S台解答例〉
自分たちは善、相手方は悪という善悪の区別に囚われず、自分たちの都合のよいように基準を改変せず、自他に共通する公平な基準を定め固定すること。(69)

〈参考 K塾解答例〉
ある一定の条件のもとで有効性を持つ基準を、自分に都合よく変えることなく、敵味方という枠組みに囚われず、両チームに共通して適用すること。(67)

〈参考 Yゼミ解答例〉
善悪の判断が、人や状況によって異なったり恣意的に変更されたりすることなく、すべての人や場合に共通する普遍的な善悪の判断基準があり、それが不変であるということ。(79)

問三「重要なのは、誰が敵かの誰ではなくて、味方でない「敵」が誰である」とあるが、それはどういうことか、説明せよ。(四行)

内容説明問題。一文で把握すると、「もうひとつ/国語の教科書にあった文芸作品から/意外に遠くまでひっぱっていかれた(傍線部)/ものがある(→芥川の短篇「沼地」)、となる。「沼地」と「もうひとつ」の「藤村詩」により若い頃の筆者は、「明治の新体詩を漁って読む方向に誘導」(a)された(傍線部前文)。構造的にはこうなるが、aをそのまま「ひっぱっていかれた」地点にするのは甘いだろう。短篇「沼地」から明治の新体詩へ、では対応としておかしいし、「意外に遠くまで」とも言えまい。「沼地」により「ひっぱっていかれた」地点を、aとの重なる範囲で指摘する必要がある。

候補の一つは、⑦段落冒頭の「わたしは何回か芥川の作品を、いわば意図的に読む機会があった」。ただこれでは「意外に遠くまで」をカバーしない。もっと進もう。次の候補は、⑨段落「国語教科書をそんな風に読み…そこから深いりして、詩や批評文を書くようになった」。これなら「意外に遠くまで」と言えるし、aの延長ではあるが、aの作業も含むとも言える。これを採用。つまり、「国語教科書により/高校生の筆者は/詩作や批評の世界に「ひっぱっていかれた」」。

ここには、もう一つの意外性がある。筆者は、当時「工業学校」の学生で、クラスのほとんどが工業技術の世界に進んだのである(⑨)。それとまったく無縁の詩作や批評の世界に筆者は進んだ。そのきっかけは国語教科書の文芸作品であったのだ。なんとも「意外に遠く」にひっぱられたものである。

〈GV解答例〉
チームの対戦で贔屓チームに過剰に肩入れする場合には、属人的な性格に基づく区別よりも、初めに自分にとって敵か味方かの明快単純な区別があり、状況に応じて人を振り分ける二分法的な仕方が重視されるということ。(100)

〈参考 S台解答例〉
自分以外の者への位置づけは、自分にとって敵となるか味方となるかだけであり、善悪の枠が固定されているだけで、悪という枠が誰に振り分けられるかは一定せず、状況次第で味方でない者が敵となるということ。(97)

〈参考 K塾解答例〉
敵か味方かという発想において重視されるのは、特定のチームを敵とみなすことではなく、自分の属する味方チームではないすべてのチームに対して、悪という枠を状況によって割り振ることであるということ。(95)

〈参考 Yゼミ解答例〉
敵か味方かという二項対立的発想においては、普遍的な善悪の判断基準に照らして悪を為す者を敵と見なすのではなく、自分がつねに善であるという前提に基づいて、自分の味方ではない者をすべて敵と見なすことになるということ。(105)

問四「相手チーム、あるいはその応援者に対する憎悪と言ってよいほどの態度に見られるしつこさ、激しさ」とあるが、なぜそういう態度が生じるのか、理由を説明せよ。(五行)

内容説明問題。芥川の作品について、「裸体を露わに」する前の作品(a)(「沼地」)との対比で「裸体を露わにした作品」(b)を具体化すればよい。傍線部の前に「メーク・アップを解体して(→D)」とあるが、この「メーク・アップ」をした状態がaと対応する。「メーク・アップ」というワードを手がかりに、前⑦段落から「芸術家気質(と芥川が信じているもの)のイメージを強調するために、やや通俗的な誇張のメーク・アップが施され」を拾う。加えて、傍線部の前文から「事実にちかい素材を、事実みたいに描写したフィクション(「沼地」)」をピックする。この2要素を合成して、aの説明を「事実に似せるために/芸術についての通俗的なイメージで/粉飾した作風」とする。

次にbについては、同じく前⑦段落より「装いの仮面のしたに、芥川が生真面目にもっていた「芸術」や「芸術家」の姿にたいする、古典的な思いいれがとてもよく出ている作品(「沼地」)」を参照して、「自らが生真面目にもつ/芸術への古典的な思い入れを/隠すことなく直接的に描写した作品」とする。その成功例が「玄鶴山房」というのである。「aを排してb」とまとめればよい。

〈GV解答例〉
状況に対して一定の距離を保ち、場面に応じた条件を考慮するよりも、状況に埋没して自己の基準を絶対化する傾向のある人間は、試合における敵・味方の区別を、本来その区別が解除されるはずの試合後の領域にまで持ち込み、そこに善悪の倫理的基準を重ねようとするから。(125)

〈参考 S台解答例〉
試合中にのみ有効な敵と味方という枠組みが、本来適用してはならない領域にまで、越境してきているからであるが、それは条件に合った基準を選択するための状況に対する一定の距離を保つことが難しく、状況の中に埋没することで判断基準を絶対化してしまうからである。(124)

〈参考 K塾解答例〉
条件に合った基準を選択するには、敵味方に分けて考える状況に対して一定の距離を保つ必要があるが、その状況の中に埋没してしまうことで基準が絶対化されてしまい、試合中にのみ有効な善悪という枠組みが試合の外においても働くから。(109)

〈参考 Yゼミ解答例〉
本来、相手チームとその応援者が敵であるのは試合中に限られるはずなのに、敵か味方かの判断基準が有効になる条件を考慮して状況を相対化することは難しいために、われわれは意識的にその条件を無視して敵か味方かの基準を絶対化し、相手チームとその応援者を、試合後も敵と見なしつづけるから。(137)

問五「勝者/敗者という対と、敵/味方という対とは、次元が異なっている」とあるが、それはどういうことか、説明せよ。(六行)

内容説明問題。「もっと」というからには当然比較の対象が想定されている。解答は「aという気持ちよりも/bという気持ち/になった(変化)」というレイアウトになるだろう。aについては、傍線部の前から「ここ(本文)で何をいいたい」のかについて「旧懐の情念や、教科書への思いいれ」があった、ということである。

bについては、傍線部と同じ⑨段落の後半「わたしの国語教科書への思いいれや、恩恵の記憶などに、何ら普遍性がないことは、わたし自身がいちばんよく心得ている。こんな醒めたいい方ができるのは、この文章の主題が依頼されたもので、その主題にできるだけそいながら、依頼のせめを果たそうとするモチーフが濃厚だからだともいえる」(c)が参考になる。つまり「原稿依頼の責任を果たそうとする立場からすると/aには普遍性がないことが分かる」となる。ただし、これでは「醒めた立場の表明」にはなっても、「醒めた心の動き」の説明としては不十分だろう。

「aには普遍性がない」だから「どうなった」(変化)のか。そうたどれば、先ほどのcに続く「だが、とかんがえを集中させてみる」以降の部分「この文章にも…モチーフらしいものが潜在している/「別れ路」をわたしが語りたがっている」が浮かび上がってくる。以上より「個人的な思い(a)以上に/原稿依頼の責任を果たそうとしているうちに/「別れ路」について個人的な感慨を離れて述べたいという気持ち(b)/になった」とまとめられる。「別れ路」については「国語教科書がその後の人生を分けること」と具体化しておいた

〈GV解答例〉
「勝者/敗者」は、試合の勝敗に即して現れ感情の起伏を付随するが、定義上、それは試合の場に限り、相手への悪感情も伴わない。一方、「敵/味方」は、試合中に現れる「われわれ」のもたらす魅惑的な充実を試合後も維持しようと励む味方と、それを阻む敵の区分だが、それは試合を超えて絶対化し全生活を覆うことすらある。(150)

〈参考 S台解答例〉
前者は、試合の結果に左右される一時的で相対的な区別であるが、後者は、自分とそのチームの一体化の幻想を真実として受け入れ、その実現に向けて全力を挙げる者が味方であり、それを阻む者が敵であるため、敵か味方かという枠組みはその都度試合を超えて全生活を覆うこともあり、その区別の基準は絶対化されるという違い。(150)

〈参考 K塾解答例〉
勝者か敗者かという枠組みは、試合開始から終了までの時間あるいはその前後を含んだ時間にのみ適用され、有効範囲が有限の枠組みであるが、敵か味方かという枠組みは、その都度の試合を超えて、全生活をも覆うことすらあり、有効範囲が無限の枠組みである、という点でまったく違ったものであるということ。(142)

〈参考 Yゼミ解答例〉
勝者か敗者かは試合の結果によって生じる枠組みであり、その日だけに限られる。これに対して敵か味方かは自分を基準にした枠組みであるが、自分に味方しない者はすべて敵になる。本来は後者もその日限りの枠組みであるが、敵か味方かの基準が絶対化されると、試合後、さらには生活のあらゆる場面においてもその枠組みが適用されるという点で、前者と異なる。(166)

問六「すでに基準を用いる者ではなく、基準に支配される者」とあるが、それはどういうことか、説明せよ。(五行)

理由説明問題。傍線部の前後を見渡しても包括的・客観的理由は記述されていないように思われる。ただし、ここで「「別れ路」はいいあらわせない」というのは筆者自身においての不可能性の言明であって、筆者の主観に基づく理由を指摘すればそれで足りる。

「別れ路」とは指示語「この」をたどって、「教科書を教科書として読むことと文学作品の抄録として読むこと」との「別れ路」である。なぜ、この「別れ路」を筆者にはいいあらわせないのか。2段落戻って⑨段落「わたしはたまたま十七、八歳の多感な時期に、国語教科書をそんな風に読み…詩や批評文を書くようになった。だが、国語教科書などにあまり関心をしめさず…まったく別の工業技術の世界にはいっていった生徒が、クラスのほとんどすべてであった。わたしの国語教科書への思いいれや、恩恵の記憶などに、何ら普遍性がないことは、わたし自身がいちばんよく心得ている」という記述が参考になる。つまり、「筆者自身、工業学校出身でありながら国語教科書の文学作品に惹かれ詩作と批評の世界に進んだ、その必然性が見出せない」→「教科書を教科書として読まず文学作品の抄録として読むことの契機が把握できない」→「「別れ路」はいいあらわせない」(傍線部)という論理になる。

〈GV解答例〉
敵・味方の基準が一旦絶対化されると、その基準を批判する意思や能力を欠いた者は、自らの意向に関わらず、絶対化された基準から自動的に産出される下位基準に縛られ、敵か味方かに自動的に振り分けられるので、敵とされるのを過剰に恐れて体制従属的になるということ。(125)

〈参考 S台解答例〉
敵か味方かという基準は、一旦絶対化すれば、自動的にさまざまな下位基準を産出するため、基準を批判することをしない者、できない者は、その基準を信奉することで、基準を活用する者ではなく、その下位基準によって細部にわたるまで、自らの生を支配されるということ。(125)

〈参考 K塾解答例〉
敵か味方かという基準の絶対化が生じると、基準を主体的に用いることはもはやできなくなり、絶対化した基準によって自動的にさまざまな下位基準が産出され、その下位基準によって、その絶対的基準を信奉する者の生は細部にわたるまで支配されてしまうということ。(122)

〈参考 Yゼミ解答例〉
敵か味方かという基準が絶対化すると、自動的にさまざまな下位基準を産み出し、その基準を信奉する者の生を支配するが、基準が絶対化された状況下では、批判や条件の確認は行われないため、基準を司っていたはずの者であっても、基準に服従せざるをえなくなるということ。(126)

問七「視点の自由」とあるが、具体的にはどういう自由か、説明せよ。(四行)

内容説明問題(主旨)。傍線部は本文最終文にある。最終の2段落の中で類型化された、国語の教科書の使われ方についての記述を参考にして、その性格上そうならざるをえない国語教科書の「宿命」をまとめる。⑩段落では2つの使われ方、「語句の解釈や、漢字の書きとり用に読み、練習する」パターン(a)と、文学作品の抄録として提示された内容から「情感や意味をひらくための素材として鑑賞し、そこから感覚や情念をひろげて、教科書以外の本の世界を漁ってゆく手だてにする」パターン(b)が挙げられている。

11段落には、「「別れ路」の道祖神に具えられた供物に盛ってある「有益な毒」みたいなもの」を盗み食いするパターン(c)と食べずに通りすぎるパターン(d)、あるいは「別れ路」にも気づかず「あかるく教科書を征服して、愉快に歩いてい」くパターン(e)、また「教科書などまともに開いたことがなくても、何不自由なく自在に話し言葉をあやつって、実生活を開拓する」パターン(f)が挙げられている。

以上の具体的で比喩的な表現を一般化しながら整理する。まず、bとcは同じ方向を指し、筆者がそうであったように特殊なケースである。この(b=c)「教科書に抄録された文学作品を通して感覚や情念の野をひろげていく」ケースと他(a,d,e)との間に「別れ路」があることに注意したい。それで一般的なケース(a,d,e)の方は「日本語の基本的な運用を伝え(a)/立身を支える手段とする(d)/または教科書に頼らずとも実生活を支障なく過ごす(e)」とまとめた。

その上で、「国語教科書の宿命」という言葉を吟味しよう。「別れ路」の片側、一般的なケース(a,d,e)では教科書の内容である「文学作品の温和な抄録」としての側面は十分に顧みられず通過される。あくまで実用的なものとしてしか価値を持たない。それに対して、もう片側の特殊なケース(b=c)においてこそ、「文学作品の温和な抄録」としての教科書の面目躍如と言えまいか。でもそれは「実用性」という意味では道を迷わせるものかもしれない(「有益な毒」)。以上より、「国語教科書は/(a,d,e)においては打ち捨てられていくものだが/ときに(b=c)において本来的使命を果たすものだ」とまとめた。
「実用国語」というものについて考えさせられる。

〈GV解答例〉
学校現場において教師と生徒が、絶対化されてきた管理する者・管理される者の基準とそれに付随する諸細則から距離を置いて批判的に捉え直し、場面に応じて条件をを考慮し、その都度適切な基準を選択するという自由。(100)

〈参考 S台解答例〉
管理する者と管理される者という基準・区別が絶対化しているときに、絶対化されてきた基準に距離を取り、基準に疑問をもち批判的な姿勢を取ることで、固定されてきた枠組みに対して自在な見方ができるという自由。(99)

〈参考 K塾解答例〉
管理する者/管理される者の基準・区別が支配している学校の生徒管理の現状に対して、そこてま絶対化されてきた基準に距離を取り、批判的に向き合うという、学校という場に関わる者たちが持つべき自由。(94)

〈参考 Yゼミ解答例〉
学校側が管理する者、生徒側が管理される者という枠組みを当然としてきた固定的な基準から距離を取り、そのなかで作られたさまざまな規則を批判的に見直すことによって、従来の枠組みに囚われない学校のあり方を模索していく自由。(107)

 

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