〈本文理解〉

出兞は倚和田葉子の小説「雲を぀かむ話」。
 
①段萜。手玙の返事を曞こうずしおもなかなか曞けない時、぀い日蚘を広げおしたう。悪い癖だず思う。手玙は䞀人の人間に向かっおたっすぐ飛ばさなければならない玙飛行機のようなもので、「玙ずは蚀え、尖った先がもし県球に刺さっおしたったら倧倉。責任を持っお曞かなければならない」(傍線郚(1))。責任を気にかけすぎるず、曞きたいこずが曞けない。それで、ずりあえず責任のない日蚘を広げおしたうのかもしれない。 
 
②段萜。 
 
③段萜。私が心の䞭でひそかに「鱒男」ず呌んでいたブレヌメン出身の青幎のこずを思い出しおしたうのは、今手玙を曞こうずしおいる盞手ず圌が䌌おいるからだろう。数ヵ月前、知人に頌たれおハンブルグ垂の成人教育センタヌで日本語集䞭講座の手䌝いをした。䞭玚を受け持っおいる先生が喉の手術を受けおしばらく教えられなくなったずいうこずで、私はアルバむトで代理ずしお雇われ、週に䞀床、倧孊の授業が終わっおからセンタヌに足を運んだ。その時の教え子の䞀人が鱒男だった。蚀葉に察しお繊现でかろやかな遊び心を持぀孊生の倚い䞭で、鱒男は口が重く、実盎で無骚な印象を䞎えた。「赀い家の倖に出たす」「火曜日に、町から倖に出たした」「カ゚ルが川から出たした」など、正しさがぎりぎり怪しい䟋文を䜜っお文法を皜叀するにあたっおは、あるこずないこず文章にしおしたった方が緎習になるのに、鱒男は「私は孊生です」など最䜎限の守りの真実しか蚀わず、しかも、そんなこずでさえ蚀うのがばかばかしい、ずいういらだちが声にも目元の衚情にも出おしたう。その鱒男が急に顔をあげお「出たい」ず蚀った時、「わたしはどきっずした」(傍線郚(2))。前も埌ろもなし、ただ「出たい」ず蚀ったのである。どこから出たいず蚀う以前に、ずにかく出たいのだ、ずいう切実な気持ちだけが䌝わった。
 
④段萜。 
 
⑀段萜。 それにしおもたす男の「出たい」は突飛で、どこから出たいのか芋圓が぀かない。「出たい、ずいう文章は間違っおはいないけれど、もう少し蚀っおくれないず意味がわからない」ずわたしが蚀うず、鱒男は眉間に皺を寄せおしばらく考えおから恥じらいもためらいも芋せずに、「春が来るず、出たいです」ずいう文章を䜜っおみせた。こうなっおくるずどこから出たいのかだけでなく、誰があるいは䜕が出たいのかたでわからなくなっおくる。
 
⑥段萜。「ず」を䜿っおある状況を仮定しおから話者の垌望を述べるのはたちがいだず日本語の教科曞には曞いおある。でもその理由を手早く説明するのは難しいだけでなく、わたしにはその瞬間、その文章が間違っおいるのかどうか、確信が持おなくなった。春が来るず出たい。鱒男は必死でこちらを芋おいた。「春が来るず」ずいう文節を他人の庭の朚から折っおきお接ぎ朚をした。どうしお春なんだ、ず呆れおみせたい䞀方、䜕か本圓に蚀っおみたいずきの文章ずいうのは「そういう颚な手觊り」(傍線郚(3))なのかもしれない、ずも思う。
 
⑊段萜。そしおその日の垰り道、気が぀くずわたしは口ずさんでいた。春が来るず、出たいです。春が来るず、出る぀もりです。春が来るず出たせんか。春が来るず、いっしょに出たしょうよ。
 
⑧段萜。しばらく歩いお行くず、信号が目の前で赀に倉わっお、その瞬間どうしお「春が来たら」っお蚀わないんだろうず思った。そうすれば、誰にも文句を蚀われないのに。「春が来たら」ず蚀える人間は、春が来るこずを確信しおいる。べったりず確かな未来を今の続きずしお感じおいる。その春を自分が䜓隓できるず単玔に信じ切っおいる。぀たり、自分が明日死ぬかもしれないずいうこずをうっかり忘れおいる。それに察しお、「春が来るず」ず蚀う人はどこでもない堎所から䞀般論を述べおいる。話し手の存圚は薄い。声が小さい。䜕を恐れおいるのか。自分はどこにもいないのに、急に濃い欲望、出たい気持ちを述べおいる。そこに矛盟があるのかもしれない。「春が来るず、出たいです」。鱒男は今どこにいお、どこに出たいのか。
 
 

問䞀「玙ずは蚀え、尖った先がもし県球に刺さっおしたったら倧倉。責任を持っお曞かなければならない」(傍線郚(1))はどういうこずか、説明せよ。(行)

 
内容説明問題。「玙ずは蚀え、尖った先が(a)/県球に(b)/刺さっおしたったら倧倉(c)/責任をもっお曞かなければならない(d)」。日蚘ずの比范で手玙を曞くこずの難点を述べた箇所。盎前郚「手玙は䞀人の人間に向かっお真っ盎ぐ飛ばさなければならない玙飛行機のようなもので(e)」も、ずいう垰結を導く前提ずしお説明に加える。ポむントは→→→の比喩衚珟を䞀般的な衚珟に盎しお説明するこずだが、の箇所も含めお参照箇所が近くに芋圓たらない。すなわち、②段萜で話題が飛び、③段萜からは「鱒男」の゚ピ゜ヌド(本題)に移るのである。ただ、この「手玙」に぀いおの蚘述は、ただの前振りずしお冒頭に挙げられたずは考えにくく、③段萜以䞋の「鱒男」の゚ピ゜ヌドずその考察からなる本文の䞻題ず照応しおいるはずである(少なくずも、出題者はそうした読みを求めおいるず考えおよいはずだ)。
 
そこで先取りしお本文の䞻題を瀺すず、「蚀葉による感情の衚出(鱒男)ずその衚珟(他者に䌝わるこず)ずしおの成立のし難さ(考察)」ずいうこずになる。そしお、その「䌝わり難さ」は「春が来るず/春が来たら」のような衚珟の现郚に関わるずいうのである(最終⑧段萜)。以䞊を螏たえお傍線郚(α)をパラフレヌズするず、「自分の気持ちを盞手に盎接䌝える手玙は(e)/衚珟のニュアンスや(a)/意図せぬ受け止め方により(b)/盞手を酷く傷぀けかねないので(c)/繊现に配慮しお曞く必芁があるずいうこず(d)」ずなる。本文に換蚀箇所がないのは随想や小説によく芋られるケヌスだが、そうした堎合、慣甚的衚珟の垞識的な意味(自明)や、段萜たたは党文を通しおの䞻題を螏たえ、自力で蚀葉を蚀い換え説明しなければならないのである。
 
 
〈GV解答䟋〉
自分の気持ちを盞手に盎接䌝える手玙は、衚珟のニュアンスや意図せぬ受け止め方により盞手を酷く傷぀けかねないので、繊现に配慮しお曞く必芁があるずいうこず。(75)
 
〈参考 S台解答䟋〉
手玙は、受け手であるただ䞀人に宛おお、䌝えるべき内容を盎接届けるものなので、受け取った盞手の心を傷぀けるこずがないよう、曞き手には盞応の芚悟が求められるずいうこず。(82)
 
〈参考 K塟解答䟋〉
自分に向けた日蚘ずは異なり、他者に宛おお曞く手玙は、蚀葉の甚いようで盞手を傷぀けかねず、最新の気遣いを払い぀぀自らの思いを綎らねばならないずいうこず。(75)
 
〈参考 Yれミ解答䟋〉
手玙の蚀葉はただの文字だが、人に盎接向けられるものであるだけに、受け手を傷぀ける蚀葉を䜿わないように现心の泚意を払う心構えが曞き手には必芁だずいうこず。(76)
 
〈参考 T進解答䟋〉
手玙の文章に自分の切実な思いを盎接的な蚀葉で曞き蚘すず盞手を傷぀けおしたうかもしれないので、柔和で繊现な衚珟の遞択に留意しなければならないずいうこず。(75)
 
 

問二「私はどきっずした」(傍線郚(2))に぀いお、「どきっずした」のはなぜか、説明せよ。(行)

 
理由説明問題。傍線郚の前埌、「その鱒男が急に顔をあげお「出たい」ず蚀った時(a)」「前も埌ろもなし、ただ「出たい」ず蚀った(b)/ずにかく出たいのだ、ずいう切実な気持ちだけが䌝わった(c)」から解答の骚栌を構成する。぀たり「「鱒男」が唐突に前埌の文脈もなく(b)/切実な気持ちだけを蟌めお(b)/「出たい」ず蚀ったから(a)」(A)ずなる。ただ、これだけでは「どきっ」ずした理由ずしおはただ匱い。の前郚に「その鱒男」のキャラ説があり、そのキャラからしおの発蚀は「わたし」に意倖に映ったのである。
 
③段萜によるず、「鱒男」はハンブルグ垂の成人教育センタヌ「日本語集䞭講座」での「わたし」の生埒である。その「鱒男」は「口が重く、実盎な印象(d)」を「わたし」に䞎え、怪しい䟋文を䜜っお文法を皜叀する時も(e)、私は孊生です、のような「最䜎限の守り真実しか蚀わず(f)」、しかも「そんなこずでさえ蚀うのがばかばかしい、ずいういらだちが声にも目元の衚情にも出おしたう(g)」ような人物である。その「鱒男」がだから「わたし」は「どきっずした」のである。以䞊の芁玠(defg)より解答の前半を組み立おるにあたっおは、埌半のの芁玠(abc)ずの矛盟が明確になるように瀺す必芁がある。「倖囜語文法を孊ぶ方䟿ずしおも(e)/䞍自然な衚珟を嫌い(g)/最䜎限の発話しかしない(df)」ずしお(唐突で䞍自然な衚出)に぀なげ、最終解答ずする。
 
 
〈GV解答䟋〉
倖囜語文法を孊ぶ方䟿ずしおも䞍自然な衚珟を嫌い最䜎限の発話しかしない「鱒男」が、唐突に前埌の文脈もなく切実な気持ちだけを蟌めお「出たい」ず蚀ったから。(75)
 
〈参考 S台解答䟋〉
日頃の䟋文では事実に即したこずのみを極めお消極的に蚀うだけだった寡黙な青幎が、脈絡もなく、文意も䞍明な願望の蚀葉を突然発したので驚いたが、切実な気持ちだけは䌝わったから。(85)
 
〈参考 K塟解答䟋〉
普段は苛立ちながらも「ですたす圢」の型にはたった文章を愚盎に玡ごうしおいた「鱒男」が、唐突に切実な心の欲望を盎接に衚す「出たい」の䞀蚀を発したから。(74)
 
〈参考 Yれミ解答䟋〉
最䜎限の事実しか口にしない青幎が、文法の緎習䞭に突然発した「出たい」ずいう蚀葉は、脈絡も意味も䞍明だったが、それだけに圌の切実な気持ちを感じさせたから。(76)
 
〈参考 T進解答䟋〉
普段は寡黙な実盎で無骚なドむツ人青幎の発した「出たい」ずいう日本語から、文脈的な意味は䞍明であるものの、切実で盎接的な欲望が筆者に䌝わっおきたから。(74)
 
 

問䞉「そういう颚な手觊り」(傍線郚(3))はどのような「手觊り」か、説明せよ。(行)

 
内容説明問題。ここでの「手觊り」ずは、「鱒男」の「春が来るず、出たいです(A)」ずいう発蚀のような「䜕か本圓に蚀っおみたい時の文章(a)」が受け手に感じさせる感芚である。「手觊り」ずは比喩衚珟であり、は蚀葉であるが、盎接觊れるような感芚を䌎う(b)、ずいうこずだろう。の発蚀に぀いおは、「「春が来るず」ずいう文節を他人の庭の朚から折っおきお接ぎ朚した」ような文法的には䞍正確でぎこちなく響くものであるが(c)、それを聞いた時には「その文章が間違っおいるのかどうか、確信が持おなくなった(d)」ずいう。ここたでが、傍線郚のある⑥段萜の内容。
 
これらに加えお、「鱒男」は「眉間に皺を寄せおしばらく考えおから恥じらいもためらいも芋せずに」の発蚀をした(e)、ずいうこず(⑀段萜)。の原型であった「出たい」ずいう発蚀には、䜕の脈絡もないものの、切実な気持ちを䌝える効果はあった(f)、ずいうこず(←問二)。の発蚀は冒頭の日蚘の堎合ず逆で、受け手に配慮せず語り手の内面を衚出した蚀葉だずいえるこず(g)(←問䞀)、を解答に反映させる。以䞊より、「受け手に配慮せず語り手の内から発せられた蚀葉に含たれる(ag)/客芳的には䞍正確でぎこちなく響くものであっおも(c)/語り手の䞭ではそうずしか蚀いようのない必然的なものずしお(e)/説埗力を䌎い迫っおくる(bdf)/ような「手觊り」」ずたずめる。「客芳的には〜が/語り手の䞭(䞻芳)では〜」ずしお、結果、䞻芳を抌し出したものが衚珟(他者に䌝わるこず)を成立させおしたう(ように芋える)堎合もあるず結び、「衚珟」するずよいだろう。
 
 
〈GV解答䟋〉
受け手に配慮せず語り手の内から発せられた蚀葉に含たれる、客芳的には䞍正確でぎこちなく響くものであっおも、語り手の䞭ではそうずしか蚀いようのない必然的なものずしお説埗力を䌎い迫っおくるような「手觊り」。(100)
 
〈参考 S台解答䟋〉
䞻芳ず無関係な䞀般論を述べる仮定ず、䞻芳の匷い欲望を述べる述郚を連結した青幎の蚀葉には違和を芚える。䞀方で䜕か本圓に蚀っおみたいこずを述べる文章には、意味の䞍分明さや文法的な誀りを超えお話者の切実さを䌝えるものがあるずいう感觊。(114)
 
〈参考 K塟解答䟋〉
䞀般的な芖点から述べる文節ず䞻䜓の欲望を衚す文節ずの䞍自然な結び぀きが、衚珟の自明性を揺さぶる䞍思議な魅力を生み、時空や䞻䜓が曖昧になりながらも、かえっお話者の本圓の気持ちがじかに䌝わっおくるような感觊。(102)
 
〈参考 Yれミ解答䟋〉
自己を消去した䞀般論ず自己の匷い欲望を連結する衚珟のも぀矛盟が青幎の切実な気持ちを䌝えたように、文法的には正しくない文章だからこそ本圓に蚀いたいこずが䌝わるずきの、アンバランスだが魅力的でもある感觊。(100)
 
〈参考 T進解答䟋〉
䜕かを本圓に蚀っおみたいずいう気持ちから発せられた蚀葉の持぀、断片的な語句を぀なぎ合わせただけで文法的芏範から逞脱し、意味も明確には理解し難い発蚀であるのに、その切実さだけが䌝わっおくるずいう感觊。(99)
 
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