〈本文理解〉

出典は福沢諭吉「古書画流行」(近代文語文)。

①段落。拝啓仕候。近来東京府内には古書画類の流行最も盛なる由(事情)にて…書画の評判やたらに高く、値段も共に高きよしなるが、その原因を尋れば…一つには外国人等が此一種奇風の日本画を悦び、高価に購ひて本国に携え帰るも多きが故なりといへり。

②段落。然るに外国の好事家(物好き)輩が何故日本画を愛するやと聞くに…唯日本画の一種特異の風致(趣/味わい)あるがために、是も一種の美術なりとて、好事家の贅沢に携え帰るものなるべし。…

③段落。然るを世の老眼古癖者流は香の物(漬物)に茶漬、真に八珍よりも美(美味)なり、白木の日本家、実に石室に勝れる事かと心得…無用の古物を珍襲する(大切にしまう)如きは、実に気の毒の至りと云ふべし。併し(しかし)古癖先生等、若し(もし)果たして多くの古書画を得んと欲せば…成る丈け沢山に外国人に売渡すべし。彼等が既に沢山の日本画を所持して恰も(あたかも)之に満腹し、余り珍らしき風味もなきことを発明して少し厭き(あき)の来る時節に至れば、一山百文にても買人さへあれば何よりの仕合なりと、悦び勇て再び日本に輸入し来ること請合なり(間違いないことだ)。

④段落。即ち今の与ふるは後の取るなりと覚悟して、「一つ与えて二つ取る」(傍線一)の工夫は如何(どうか)。好しや(たとえ)此工夫にして大に其当がはづれ…下落の時節なしとせんか、古癖先生等、決して小生(私め)の策略に乗ぜられたりと恨むに及ばず。何となれば(なぜならば)書画を楽しむは元と是れ富人閑人の仕事なり。失敬ながら日本人等は当時(現在)未だ富人にもあらず閑人にもあらず。鉄道は欲しけれども金がなく…。金が欲しくばなぜ働かぬぞ。朝から晩まで汗水たらし一生懸命に骨折りても尚ほ且つ貧乏の歩みに及ばざらんことを恐るるの分際にて、何の書画の楽みかあらん(→そんなものに現を抜かしている場合ではない)。…恐惶謹言。

〈設問解説〉問一 (語句の言い換え)

(工夫)=方法
(当時)=現在

問二 「一つ与へて二つ取る」(傍線一)とあるが、筆者は具体的にどう説明しているのか、答えなさい。(60字以内)

内容説明問題。「一つ与へて」については、③段落「併し古癖先生等、若し果たして多くの古書画を得んと欲せば…成る丈沢山に外国人に売渡すべし」(A)が直接の根拠となる。これに加え、その買い手である外国人は「好事家(=物好き)」(B)(②)であり、それが求める日本の古書画は「一種特異の風致あるがために、是も一種の美術なり」(②)とあるように、珍奇さを本質的な美と勘違いして求められるものだ(C)ということを指摘する。

「二つ取る」については、「二つ」を指摘する必要がある。直接の根拠は「少し厭きの来る時節に至れば(D)/一山百文にても買人さへあれば何よりの仕合なりと(E)/悦び勇みて再び日本に輸入し来ること請合なり(F)」(③段末文)となる。以上より、「西洋人の物好きが(B)/珍奇な日本の古書画が美しいと勘違いしている内に(C)/高く売り(A)/それに飽きた後(D)/安く回収して(F)/差額で儲ける(E)」とまとめる。F要素とE要素で「二つ」を表現した。

<GV解答例>
西洋人の物好きが、珍奇な日本の古書画が美しいと勘違いしている内に高く売り、それに飽きた後、安く回収して差額で儲けること。(60)

<参考 S台解答例>
日本の古書画を特異なものとして喜ぶ西洋人にそれを高値で売り渡し、彼らが飽きてきたときに再び安値で大量に買い戻す。(56)

<参考 K塾解答例>
日本の古い書画が外国人に高値で売れる間に大量に売却し、将来外国人が日本の古い書画の物珍しさに飽きた時に安値で買い戻す。(59)

問三 筆者は「古癖先生等」を批判している。批判の二点を簡潔に述べなさい。

内容説明問題(主旨)。批判点は、表層的なもの(A)と本質的なもの(B)に分かれる。Aについては、③段冒頭「然るを世の老眼古癖者流は、香の物に茶漬、真に八珍よりも美なり…と心得(A1)/…無用の古物を珍襲するが如きは、実に気の毒の至りと云うべし(A2)」が根拠となる。「珍奇なだけで本質的な価値のない古物を(A1)/大切に蓄蔵している点(A2)」とまとめる。

Bについては、④段3文目「何となれば書画を楽しむは元と是れ富人閑人の仕事なり」(B1)以下の内容を参照する。B1に加え、「日本人等は当時未だ富人にもあらず閑人にもあらず」(B2)、「金が欲しくばなぜ働かぬぞ/朝から晩まで汗水たらし…尚ほ且つ貧乏の歩みに及ばざらんことを恐るるの分際にて、何の書画の楽しみかあらん(→そんなものに現を抜かしている場合ではない)」(B3)を根拠にする。「発展途上の日本にあるのに(B2)/暇人の風雅に現を抜かし(B1)/働かない点(B3)」とまとめる。

<GV解答例>
・珍奇なだけで本質的な価値のない古物を、大切に蓄蔵している点。(30)
・発展途上の日本にあるのに、閑人の風雅に現を抜かし働かない点。(30)

<参考 S台解答例>
単に珍しがっているだけの西洋人の評価を真に受け、この時勢に無用の古書画を自らも珍重している点と、日本はいまだ貧しく刻苦精励しなくてはならないという現実を顧みず、書画などにうつつを抜かしている点。(計97)

<参考 K塾解答例>
・日本の古い書画が本当に優れていると誤解している点。(25)
・まだ貧しい日本で書画の収集という贅沢をしている点。(25)