〈本文理解〉

出典は田口卯吉「青年独立の困難」。著者は明治の経済学者。主著は『日本開化小史』。

1️⃣ 余輩私(ひそか)に、何を以て(どうして) 読書に励み学識のある青年が、身を誤るものが多いかを考察するに、蓋し(思うに)最初学校を出るに当たり、毅然として独立独行する気概に欠けるに因るなり。貧困に甘んじ(引き受け)、妄(みだ)りに人の下風に立たざるの精神に欠くるに因るなり。然り而して(そして)、最大原因たるものは、その者が「天性の美なる」ことなるが如し(ことであるようだ)。

2️⃣ 何を以て(どうして)「天性の美なる」は、青年をしてその身を誤らしむるか(青年に人生を誤らせるのか)。余輩請ふ今これを述べん(今これについて説明しよう)。夫れ(そもそも)、「天性の美なる」ものは、読書に巧みで文辞に長じている。是を以て(ここをもって/そういうわけで)、学校では教師にも学友にも重んじられ、嘗て修学の苦を知らざるなり。卒業して職につくにあたっては、学校校長等の、第一の推薦を受ける。是を以て(そういうわけで)、この人や(は)、世間風波の困難なるを知らざるなり。

3️⃣ 抑も(そもそも)、世間風波の困難なるを知らざるものは、「鍛練せざる鉄」(傍線一)の如きものなり。その天性如何に美なりと雖も、堅緻(堅固で精緻)なる所なし。然り而して(そして)、この風波や(は)、青年勇気勃々たる時(勃興/わき上がる時)に当たりて、経過せざるべからざるものなり(経験しなければならぬものである)。然るに(それなのに)、その青年は「天性の美なる」の故を以て(せいで)、この必要なる練磨を経ずして、一飛して厚給を受け、仕送りの学費を使いきらないうちに、早く錦衣玉食の情味を解するに至る(贅沢の味を覚えてしまう)。天下これより不幸なるはなき。

4️⃣ 嗚呼、この人や(は)、これより如何なる生涯を為すぞや(新卒就職後どんな生涯を送るのか)。最初はそうまでなくても、数日でその地位の安固(安定)と給料の源泉とは、全く頭上一人の意見に存する(意見に左右される)ことを解するに至らん。数月で、その人の意を迎へて(意向に従って)、忙しく働くのが最も安全で利益のある方法たることを解するに至らん。嗚呼これ(は)、この人の為に(この人にとっては)止むを得ざるの進路で、而して又た(そしてまた)、この人をして天然の勇気を沮喪せしむる(この人に天性の勇気を失わせる)の進路なり。

5️⃣ この時に於ては、この人には定めし妻、定めし児あるべし。驕奢の美味、既にその心に浸染したれば、その地位を下して独立独行の新舞台に出づる能はず(できない)。勢い(自然の成り行きとして)、上者の命を奉じて(承って)、役役務めざるべからず(苦心して務めないわけにはいかず)、「人生固有の勇気を消耗せざらんと欲すと雖も得んや」(傍線二)。況んや(まして)、教育の進み英才の出づるは、年毎に新なれば、この人の漸く(ゆっくり)沮喪するに当たりて(一方)、兹(ますます)新鮮なる一青年を出し、これと競争せしめ、優勝劣敗の理に因りて、漸く排斥の運に向うは止むを得ざるの命運なるをや(排斥される運命にあるのはやむを得ないことである)。

6️⃣ 白楽天の所謂、百年苦楽因他人(永年の苦楽は他人/夫によりもたらされる)とは特に婦人の身にあらず、「今の青年俊才の生涯」(傍線三)も亦た然るものあるなり(青年俊才の生涯も他人/上者により左右される)。

問一 「鍛練せざる鉄」(傍線一)という表現は何をたとえたものなのか、問題文全体の内容をふまえて説明しなさい。(30字以内)

内容説明問題。「世間風波の困難なることを知らざるものは(A)/鍛練せざる鉄(傍線)/の如きもの」とあるので、傍線の表現はA、すはわち「世間の荒波に揉まれていない青年」(A´)をたとえている。これに、「鍛練せざる/鉄」という比喩ニュアンスを加え、精度の高い解答にする。まず、「鉄」だから、基本的に素材としてはよい。本文の言葉でいうなら「天性の美」が備わり、恵まれた境遇にある(B)。しかし、「鍛練せざる(鉄)」(十分に叩いていない(鉄))なのである。これについては、2文後「必要なる練磨を経ずして」と対応している。また、問題文全体をふまえると、「天性の美」なる青年はその恵まれた境遇ゆえ、「修学の苦」(3文前)も知らないまま社会に出るのである。これらより、「恵まれた境遇で(B)/世間の荒波に揉まれず(A´)/努力の裏付けのない/青年」とした。

<GV解答例>
恵まれた境遇で世間の荒波に揉まれず、努力の裏付けのない青年。(30)

<参考 S台解答例>
優れた資質故に周囲から厚遇され、苦楽を経験しないですむ青年。(30)

問二 「人生固有の勇気を消耗せざらんと欲すと雖も得んや」(傍線二)を、主語を補って現代語訳しなさい。

現代語訳問題。まず、傍線直前より主語を補う。「妻子があり/贅沢を知り/いまさら独立独行の道がとれない者」であり、それで「上者の命令を承り/苦心している者」である。この二つを簡潔にまとめて、「保身のために/上位者におもねるだけの者」とした。
その上で、「人生固有の(A)/勇気を(B)/消耗せざらんと欲すと(C)/雖も(D)/得んや(E)」と分けて分かりやすい言葉に置き換える。Aは「人生に欠かせない」、Bはそのままでもよいが「人生を切り開く意志の力」、Cは「消耗しないようにしようとする→失うまいとする」とした。Dは「逆接確定(けれども)」と「逆接仮定(たとえ~ても)」の両方の用法があるが、ここでは後者の意味。Eについては「反語」であることを見抜き、「(失うまいとしても)かなうはずがない」とした。

<GV解答例>
保身のために上位者におもねるだけの者が、自らの人生を切り開く上で欠かせない意志の力を失うまいとしても、かなうはずがない。(60)

<参考 S台解答例>
優れた資質によって速やかに高位を得、その地位を保つために権力者に迎合する者は、人生を自らの力で生きぬく勇気を失うまいとしても、それはかなわない。(72)

 

問三 「今の青年俊才の生涯」(傍線三)を筆者はどう考えているか、問題文全体をふまえて説明しなさい。(100字以内)

内容説明問題(要約)。直接的には4️⃣「この人これより如何なる生涯を為すぞや」以下の「転落人生」(A)を指すが、その前(学生時代/就職前)の「トントン拍子の人生」(B)がAに帰結するわけだから、「B(+)、それゆえ、A(-)」という形でまとめるとよい(ポジネガ転換)。Bについては、2️⃣より「天性の美(才能)/教師・校友による厚遇/修学の苦あるを知らず」を拾う。それが「学校を出て社会的地位を得た後に(初めて)」(3️⃣)、「天然の勇気を沮喪→努力の裏付けのない自信が砕かれ」(4️⃣)、「地位を下して独立独行の新舞台に出づる能わず→保身で自分を変えられない」(5️⃣)、「上者の命を奉じて…→上位者に追従」(5️⃣)、「況んや…英才の出づるは…これと競争…排斥の運に向う→英才との競争で淘汰される」(5️⃣)となる。これらをつなぎAとする。

<GV解答例>
天性の才能に恵まれ周囲の厚遇の下で苦労知らずに育ったため、学校を出て社会的地位を得た後に初めて、努力の裏付けのない自信が砕かれ、自分を変えられないまま上位者に追従し、真の英才との競争で淘汰されていく。(100)

<参考 S台解答例>
天性の才能ゆえに、学生時代も社会へ出てからも周囲に厚遇され、独立独行の気概がないまま上位の者に従ってその地位を守ろうとするが、やがては後続の俊才たちとの競争に敗れ、排斥される運命を避けられない生涯。(99)

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