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「ボコボコにされた。でも、それが人生最大の転機だった。」

高校1年生の夏から、糸満高校という那覇から少し離れた場所からGVに通い続けたやすまさん。4年間という長い時間の中で、得たものは合格だけではありませんでした。先生との近い距離。逃げても追いかけてくれる存在。自分の無知や偏見と向き合う時間。そして、数字に騙されず、社会を正しく読み解く力を身につけたいという進路への決意。

広島大学 情報学部への合格は、単なる受験の結果ではなく、GVで過ごした4年間の中で、自分自身を作り直していった先にある到達点でした。

 

Q. 合格おめでとうございます。まず、GVにはどれくらい通っていましたか?

ありがとうございます。僕は高1の夏休みくらいからGVに通っていたので、全部で4年くらいになります。高1から通い始める人は、周りを見てもそんなに多くなかったと思います。特に僕は糸満高校だったので、距離的にも那覇まで通うのは少し大変でした。それでも早い段階で塾に入ろうと思ったのは、今勉強する環境に身を置かないとやばい。そう思ったのが、GVに通い始めた一番の理由でした。

 

Q. いくつか塾を体験した中で、なぜGVを選んだのですか?

いろんな塾の体験に行ったんですけど、その中でGVを選んだ理由は、雰囲気が自分に合っていると思ったからです。中学校の頃に通っていた塾の雰囲気に少し似ていて、先生と生徒の距離が近くて、フレンドリーな感じがありました。先生と生徒が仲良く話している空気があって、ここなら親しみを持って通えそうだなと思いました。もちろん勉強の内容も大事ですが、自分にとっては「ここに通いたいと思えるか」「先生たちと話しやすいか」という雰囲気もかなり大きかったです。

 

Q. 高1の頃は、どのように過ごしていましたか?

高1の頃は、最初は慶應義塾大学のSFCを目指していました。総合政策学部や環境情報学部のように、幅広くいろんなことを学べる場所に興味がありました。推薦も考えていたので、GVの先生と一緒にアプリを作ったり、学校外のイベントに参加したり、マイプロのような活動にも取り組んだりしていました。受験勉強だけをしていたというより、将来につながりそうな活動や実績作りも少しずつやりながら、勉強も進めていた感じです。自分の中では、早い段階から勉強に向かうことが大きな軸になっていたと思います。

 

Q. 高2の頃に、大きな転機があったそうですね。

高2の頃は、勉強というより、考え方をかなり変えさせられた時期でした。その頃の自分は、ネット上の情報にかなり影響を受けていました。特定の国を叩くような発言や、マイノリティを馬鹿にするようなもの、フェミニズムを軽視するような考えを、深く考えずに見ていました。教養がない中高生がそういう情報ばかり見ていると、それが真実のように見えてしまいます。今思えば、完全にエコーチェンバーの中に入りかけていました。

自分では普通だと思っていたし、危ない方向に進んでいる自覚もありませんでした。

でも、ある時に自分が怪しい発言をした時、大岩先生がそこにちゃんと突っ込んでくれました。そこから本当に半日くらい、逃げたいのに捕まって、ずっと話をされました。正直、ボコボコにされました。自分には返すだけの教養もなかったので、何も返せませんでした。でも、それはただ怒られたとか、思想を押し付けられたという感じではありませんでした。女性の権利や社会の構造、歴史的な背景をちゃんと説明してもらい、自分がどれだけ無知だったのかを思い知らされました。「自分は知らなかったんだ」と、納得するしかありませんでした。

あの時間は、今振り返ると人生最大の転機だったと思います。

 

Q. その対話を通して、何が変わりましたか?

一番変わったのは、社会を見る目だと思います。それまでは、ネットで見た情報をそのまま信じたり、一つの方向からしか物事を見ていなかったりしました。でも、そこからは一個人のまとめやネットの断片だけを見るのではなく、新聞を見たり、複数の視点から物事を見るように心がけるようになりました。特に、マイノリティの人たちに向ける目は変わったと思います。昔はフェミニズムや女性の権利についても軽く見ていた部分がありました。

でも、女性の権利を勝ち取るために活動してきた人たちがいたから、今の社会がある。そういうことに気づかされて、考えを改めようと思いました。

自分は無知だったからこそ、悪い方向に興味を持ってしまっていたんだと思います。そして、それは自分だけの問題ではなく、今の中高生にも起こり得る大きな問題だと思うようになりました。

 

Q. その経験が、情報学部やデータサイエンスへの志望につながったのですか?

はい。自分がネットの歪んだ情報に流されかけた経験があったからこそ、データを正確に読み取る力が大事だと思うようになりました。数字って、使い方によっては人を騙すこともできます。都合よく切り取られた数字や、偏った情報に騙されないためには、データをちゃんと読み取る力が必要だと思いました。データサイエンスなら、統計学を学べるし、数字や情報を正確に扱う力が身につく。そう考えるようになって、高3の頃からデータサイエンス系の学部を目指すようになりました。ただ大学に行くためではなく、自分が過去に流されかけたような情報の怖さを、社会に伝えられるようになりたい。その思いが、進路にもつながっていきました。

 

Q. 現役時代はどうでしたか?

高3の頃は、最初からずっと受験を意識して勉強していました。ただ、共通テストが思うように取り切れず、結果的には一度、琉球大学に進学しました。でも、入学してみたものの、自分が本当にやりたいことはここではできないのかなと感じました。入学辞退も考えましたが、翌年どこかの大学に受かる確証があるわけではなかったので、琉大に籍を置く選択をしました。今振り返ると、それはすごく大きかったです。戻れる場所があるという安心感があったから、浪人期も心に余裕を持って勉強できた部分がありました。その選択を認めてくれた親にも感謝しています。

 

Q. 4年間通ったGVは、やすまさんにとってどんな場所でしたか?

本当に第2の家みたいな場所でした。塾に行くのが嫌だと思ったことはほとんどありません。塾に行けば勉強を教えてくれるし、社会のことも教えてくれるし、いろんな先生といろんな話ができる。4年間いたので、本当に多くの先生と関わりました。全員の先生に質問できるし、どの時間でも必ず誰か科目の先生がいるので、質問もしやすかったです。

先生と生徒の距離が近くて、友達のように話せる。その環境が、自分にとってはすごく良かったです。受験においても、その関係性は大きかったと思います。気軽に質問できるし、自分のことを知ってくれている先生が答えてくれるので、何がわからないのか、どこで止まっているのかをわかった上で話してくれます。だから、ただ質問しやすいだけではなく、自分に合った答えが返ってくる場所でした。

 

Q. 木村先生は、どんな先生でしたか?

A. 木村先生は、数学の見え方を変えてくれた先生でした。

正直、自分の中では「数学の天才」という印象が強いです。今まで自分が出会ったことのない視点や考え方、整理の仕方をたくさん教えてもらいました。それまでは、数学は問題を解くもの、定期テストのためにやるもの、という感覚が強かったのですが、木村先生の授業を受けて、単元ごとに考え方を整理しながら、入試全体でどう使うかという目線で数学を見られるようになりました。

それに、共通テスト後の志願理由書や面接対策でも本当にお世話になりました。志願理由書は何度も見てもらって、自分の良さが伝わる形になるまで一緒に作ってもらいましたし、出願や進路相談もすごく細かく分析してくれました。木村先生がいてくれたことは、数学の面でも、受験全体の安心感という面でも、とても大きかったです。

 

Q. 大城先生との関わりについて教えてください。

大城先生には、2年生から浪人期までずっとお世話になりました。自分は英語が苦手で、正直ずっと逃げていました。でも、大城先生は絶対に諦めない先生でした。授業を休んだら「なんで休んだの」とLINEが来る。逃げようとしても、ちゃんと追いかけてくる。逃げたい時もあったけど、捕まえてやらせてくれました。後半になると、「ここまで面倒を見てもらって、落ちるわけにはいかない」と思うようになりました。それが英語を続ける力にもなっていたと思います。

説明もすごくわかりやすかったです。ただ、自分は英語から逃げてしまうので、しばらく触っていないとまた忘れてしまう。その繰り返しを3年くらいやっていました。現役の時は、共通テストで40点を切るような時期もありました。でも浪人期には70点台後半から80点近くまで取れるようになりました。

最後まで得意科目にはなりきれませんでしたが、大嫌いだった英語でも、共通テストレベルの問題ならちゃんと読めるところまで持っていけたのは、大城先生のおかげだと思っています。

 

Q. 熊井先生はどんな存在でしたか?

熊井先生は、とにかく話していて面白い先生でした。英語の質問をしに行くと、そこから歴史の話につながることがありました。英語の歴史とのつながりを教えてくれたり、世界史の話をしてくれたりして、話しているだけで勉強が面白くなる感じがありました。

引き出しが本当に多い先生です。何の話をしても返してくれるし、英語の質問をしたついでに歴史の話を聞く、みたいな使い方をしていました。

朝からいることも多かったので、朝に質問したい時は熊井先生に聞きに行くことが多かったです。自分は地理と政経選択だったので、歴史を受験科目として勉強する必要はありませんでした。でも、熊井先生と話す中で、歴史も含めて「勉強って面白いんだな」と感じることができました。

 

Q. 数学では、砂川先生との関わりが大きかったそうですね。

はい。数学で一番長く関わったのは砂川先生だと思います。もともと数学は嫌いではなく、得意な方でした。でも、砂川先生の数学はとにかくわかりやすかったです。公式をただ使うのではなく、どういう過程でそうなるのか、証明までちゃんとやってくれる。そこがすごくわかりやすかったです。

授業以外ではしょっちゅう嘘をつく先生でもありました。ダイエットをやると言ってやらなかったり、物理用語を使って変な理屈を言ったりして、生徒みんなで見張っているような感じでした。そういう距離感も含めて、すごく近い先生でした。

浪人期には、東大・京大レベルの難しい問題もかなりやらされました。「こんなのいらないだろ」と思いながら取り組んでいたのですが、その結果、記述模試で数学はS判定が取れるレベルまで伸びました。広島大学の2次試験でも数学はかなり手応えがあり、数学だけでほぼ合格点に届いた実感がありました。砂川先生のおかげで数学は最後まで自分の大きな武器になりました。

 

Q. 平安先生とは、どのような関わりがありましたか?

平安先生には、主に2次試験の直前期にかなりお世話になりました。添削をお願いしたり、質問対応をしてもらったりすることが多かったです。砂川先生は物理も持っていて忙しいこともあり、質問では平安先生に聞くことも多かったです。平安先生は昼からいることも多くて、授業以外の時間に質問しやすい存在でした。2次試験に向けて、実践的な質問や添削を重ねる中で、かなり支えてもらいました。授業で持ってもらっている先生にだけ聞くのではなく、その時に聞ける先生、自分の質問に合う先生に聞きに行く。GVではそれができたので、すごく助かりました。

 

Q. 情報では、與座先生と勝負していたそうですね

はい。與座先生とは、情報でよく勝負していました。情報と数学を合わせた300点満点で、模試や演習の点数を競っていました。たまに負けることもありましたが、多分ギリギリ勝ち越したんじゃないかと思います。先生と本気で点数勝負ができるくらいの距離感があるのは、GVらしいところだと思います。

情報は本番では少し難しくて点数は落ちましたが、模試や演習では80点、90点を取れていました。そこは、與座先生に教えてもらった影響も大きかったと思います。

 

Q. 理科基礎では、塩谷先生にもお世話になったそうですね。

理科基礎は、物理基礎と化学基礎を見てもらっていました。塩谷先生の授業はかなりスパルタでした。「わからないとは言わせないぞ」という圧がありました。正直プレッシャーはありましたが、浪人生が緩んでいたら落ちるだけなので、あの厳しさはありがたかったです。浪人生が緩むなんて、そんな話があってたまるか。そういう気持ちにさせてくれる厳しさでした。

ちゃんと点数も取り切れたので、本当に感謝しています。ただ厳しいだけではなく、エールも込めた厳しさだったと思います。

 

Q. アリサ先生との関わりも印象に残っているそうですね。

アリサ先生とは、高1の最初の頃に関わることが多かったです。英語で話すような時間があって、文法がめちゃくちゃでも、英語で会話するのが楽しかったです。完璧な英語じゃなくても、使ってみることが楽しい。その感覚を最初に持てたのは大きかったと思います。

英語が得意だったわけではありませんが、英語を使う楽しさを知るきっかけになりました。

 

Q.大岩先生との関わりは、改めてどう振り返りますか?

大岩先生には、本当にボコボコにされました。自分の問題児時代を知っている先生です。現役の時も浪人の時もよく当てられて、変な回答をしないように気をつけながら答えていました。でも、楽しかったです。現代文では、政治的な話や社会的な話が出てきます。最初は「これって受験に関係あるのかな」と思う人もいると思います。でも、よく聞いてみると、それは自分たちに関わる大事な話でした。受験とは関係ない、で終わらせたらもったいないです。

そして、共通テストで出るような評論文にも、実はそういう話はつながっています。国語の点数自体がものすごく高かったわけではありませんが、あの時間を通して学べたことは本当に多かったです。大岩先生との対話で、自分は社会を見る目を変えられました。受験勉強だけではなく、社会に出ていく上で必要な考え方を身につけられたと思います。

 

Q.GVで過ごした日々を振り返ると、何が一番大きかったですか?

勉強もそうですが、やっぱりいろんな社会のことを学べたことが大きかったです。大岩先生との対話だけでなく、熊井先生から歴史の話を聞いたり、先生たちといろんな話をしたりする中で、勉強って楽しいんだなと思えました。そして、生徒と先生の距離が近いこと。これが一番良かったと思います。

先生と友達のように話せる。でも、必要な時にはちゃんとぶつかってくれる。自分が危ない方向に進みそうな時には、本気で止めてくれる。そういう関係性があったから、ただ受験のために通う場所ではなく、第2の家のような場所になりました。

 

Q.糸満高校から通う価値はありましたか?

全然ありました。距離はありましたが、それでもGVに通う価値はありました。それは自分にとって、ただ勉強を教えてもらうだけの場所ではなかったからです。もちろん、勉強面でも質問しやすい環境がありました。でもそれ以上に、先生たちと話す中で、自分の考え方や社会の見方まで変わっていきました。糸満高校の周りには、勉強する子を少し小馬鹿にするような雰囲気もあったと思います。でも、そんなものを気にしていたら受験勉強はできません。

逆に、真面目に勉強する人が少ない環境なら、先生を独占できるチャンスでもあります。誰も質問に行かないなら、自分がどんどん質問に行けばいい。周りが勉強しない環境を言い訳にするのではなく、自分から環境を取りに行くことが大事だと思います。

 

Q.後輩に伝えたいことはありますか?

まず、先生とたくさん話すことが大事だと思います。GVにはいろんな先生がいて、それぞれ得意なことや話しやすい時間帯があります。自分は4年間通う中で、この先生にはここを聞こう、この時間ならこの先生に聞ける、という使い方ができるようになりました。それがすごく大きかったです。そして、早く入って、早く仲良くなった方がいいと思います。コミュニケーションが得意な人なら、高3から入ってもすぐに先生と話せるかもしれません。でも、自分のようにコミュニケーションが苦手な人は、早めに入った方がいいと思います。

早く入れば、先生にも名前を覚えてもらえるし、少しずつ話しやすくなります。その関係性ができると、質問もしやすくなるし、自分のことをわかった上でアドバイスしてもらえるようになります。塾選びで大事なのは、ただ授業を受けることだけではないと思います。この場所なら頑張れる。この先生たちとなら戦える。そう思える環境を持つことが、本当に大事だと思います。

 

Q.最後に、やすまさんにとってGVとはどんな場所でしたか?

GVは、自分にとって第2の家でした。勉強を教えてくれる場所であり、社会のことを教えてくれる場所であり、自分の考え方と向き合える場所でした。もし大岩先生のように、本気でぶつかってくれる先生がいなかったら、自分は危ない方向にそのまま進んでいたかもしれません。もし大城先生のように、逃げても追いかけてくれる先生がいなかったら、英語は最後まで逃げたままだったかもしれません。もし砂川先生や平安先生、與座先生、塩谷先生、熊井先生、アリサ先生のように、いろんな角度から関わってくれる先生たちがいなかったら、ここまで来られなかったと思います。

受験勉強だけにとどまらず、社会に出ていく上で必要な力を身につけられたこと。それが、4年間GVに通って一番大きかったことです。広島大学 情報学部に合格できたことはもちろん嬉しいです。でも、それ以上に、自分の考え方を変えられたことが、自分にとっては大きな財産になりました。本当にありがとうございました。