〈本文理解〉

出典は全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』。筆者は物理学者。
 
①段落。フランス語に「パニュルジュの羊みたいに」という表現があって、付和雷同する様を指す言葉である。智慧者のいたずら屋パニュルジュの物語に由来するのだという。彼を笑い者にした商人から、リーダーと思しき羊を一匹買い取ったパニュルジュが、すぐさま羊を海に投げ込むや、残りの羊もみな海に飛び込んで、商人は大損をしたという故事である。
 
②段落。人間誰しもの心には、多かれ少なかれ付和雷同の習性が根深く巣食っている。…
 
③段落。物事を決めるときに他人の判断に頼る傾向と、それがもたらす社会的な帰結については、数理物理学的社会学の大家ダンカン・ワッツ博士の有名な研究を見るのがよい。…
 
④段落。ワッツ博士のグループは、インターネット上に音楽ダウンロード・サイトを作った。サイトの訪問者は1万5千人近くに上り、彼らが被験者となったわけである。訪問者はみな、18組の新人アーティスト・グループの手になる48曲のリストを見せられる。曲はどれも視聴可能で、訪問者は曲に1から5の評価をつけたのちに、1曲ダウンロードできるという仕組みである。
 
⑤段落。訪問者たちは、彼ら自身気づかぬ間に、9つあるグループのどれかに振り分けられる。振り分けられた各訪問者の画面には、それぞれのグループ内での曲の評価の集計が、ポイントとして表示されるようになっている。つまり各訪問者は、それまでの他の訪問者の評価の集計を見ながら、自分の評価を下すわけである。ところが第一グループだけ特殊で、ここでは他の訪問者の評価は表示されない。つまり第一グループでは訪問者は自分の耳と感性だけで曲を評価するわけである。そして残りの8つのグループは、同じ0評価から出発して、他の意見を見ながら評価が積もっていく、いわば8つの並行世界となる。
 
⑥段落。実験結果を一言で言うと「付和雷同の心が超人気曲をランダムに生み出す」である。
 
⑦段落。各人が独立に判断する第一グループでは、人気のある数曲、全く人気のない数曲、その間にある中間的評価の多くの曲、と評価の分布はなだらかであった。一方他人の評価を見ながらのグループでは、数曲の非常に突出した人気曲があって、それらが残りの一般曲を圧倒していた。
 
⑧段落。実験は2回に分けて行われ、最初の実験で訪問者が見せられるのは、3行に分けてランダムに並べられた曲の表であった。一方2回目の実験では曲は評価の数字の多い順に1行で並べられた。1回目の実験で見られた人気曲とそれ以外への分極は、2回目の実験ではより極端になって観測された。
 
⑨段落。「技術的に言うと、観測された曲の人気分布のジニ係数は、1回目の実験ではおよそ0.4、2回目の実験では0.5を超えるほどであった。両方の実験とも他人の評価を見ない参照データとなる第一グループでは、ジニけは0.25であった」(傍線部(1))。
 
⑩段落。ちなみに読者諸氏の多くもご存知のとおり、ジニ係数というのは、すべての曲が同じ投票数ならば0、一曲でだけに全投票が集まる場合に1となる、不平等さの度合いを測る統計量である。
 
⑪段落。面白いのは、全グループ共通の人気曲がある一方で、各々のグループだけで大人気となる曲も必ず見られる点である。…全グループ共通の人気曲や不人気曲は、他人の判断を参照しない第一グループでも、やはり人気曲や不人気曲として登場する。…そして各グループごとに特有なバラバラの人気曲のほうは、おそらくは「人気があるから人気がある」という付和雷同の群衆心理が作り上げた、「内的価値に基づかない人気曲」(傍線部(2))と考えるべきであろう。
 
⑫段落。初期段階である曲にたまたま高評点が重なって、雪だるま式に評価を上げて大人気曲へと成長する、というわけである。…
 
⑬段落。音楽をはじめとした芸術芸能、あるいは言論界や政治の世界まで含めて、みなの人気投票で優劣を定める分野は、「少数の天才」と「凡庸なそれ以外」にはっきり二分される世界になりがちで、名声、収入、権威もそれに従って分配される習わしになっている。しかしながら、ワッツ博士たちの社会実験から判断すると、この鋭い二分は、才能や適性の分布に起因するというよりも、われわれ人間の付和雷同の心によって発生する社会的な構成物だと考えたほうがよさそうである。
 
⑭段落。成功は才能と時の運、というわけである。
 
⑮段落。と、こういう話を夕食時に家人に向かって喋っていたら、
ーー学者って面白い人たちね。そんなの誰でも知ってることじゃない。ネイチャアとかサイエンスとか、常識をご大層な実験で確認するそんな論文でいっぱいなわけ?
という答えが返ってきた。
 
ーーいやまあ、そうかもしれないけど、きちんとコントロールされた再現可能な条件で、科学的に行われた実験ってのは、ただのお茶飲み話とは少しは違うし。それにこういう風にジニ係数とか使って定量的にできるようになったら、これはそのままマーケティングとか世論誘導とか、いろいろ実用的な応用があるだろうし。
ーーそうやって精密にして、数理社会学だか社会物理学だか知らないけど、科学的な道具に仕立て上げたら、その使い道が営利企業のマーケティングなのね。それとなんでしたっけあの、ケンブリッジなんとかの、アメリカ大統領選で世論操作を主導したコンサルティングファームとか。まあ物理学者や数学者の「ダークサイド」(傍線部(3))への堕ち方もいろいろね。
 
⑯段落。…
 
⑰段落。自らの判断がつきにくい事項について、多数の他者の判断を参考にしてものを決める修正は、おそらくは永井選手時代に人類が獲得した形質なんだろう。…
(〜⑱段落)。
 
⑲段落。インターネットで万人がつながった今の世で、人間だれしもがもつ付和雷同の心性が、時として暴走して大小の不都合をもたらす様を、われわれは日々目撃している。…
 
⑳段落。不都合を正すにはことがらの正確な理解が前提になる。数理的な社会学のメスがもし本当に価値のあるものならば、それは私企業の営利追求の手助け以外にも用いられるだろう。社会制度の賢い設計を通じて、人々が宣伝や世論調査のたやすい餌食となり、パニュルジュの羊のように次々入水するのを防ぐ手立てが見つかるだろう。
 
㉑段落。今一度我々科学者が、ダークサイドから這い上がる時が来るであろうか。その時こそはすべての家庭の夕餉どきに、こうした話題を平和に持ち出せるようになるのではないか。
 
 

問一「技術的に言うと、観測された曲の人気分布のジニ係数は、1回目の実験ではおよそ0.4、2回目の実験では0.5を超えるほどであった。両方の実験とも他人の評価を見ない参照データとなる第一グループでは、ジニ係数は0.25であった。」(傍線部(1))にある三つのジニ係数の値の違いについて、ワッツ博士のグループの実験結果をふまえて、200字以内で説明しなさい。(4行)

 

内容説明問題。共通テストへの移行を意識した出題だろう。数理的な実験とその結果の数値を正しく把握し、それを言葉として的確に示すことが求められている。ジニ係数の値の違いの説明については、傍線部の次⑩段落の定義「ジニ係数というのは、すべての曲が同じ投票数ならば0、一曲でだけに全投票が集まる場合に1となる、不平等さの度合いを測る統計量である」を踏まえ、「1回目より2回目の方が人気曲の偏りが大きい(A1)/第一グループは他のグループに比べて偏りが小さい(A2)」とすれば足りる。あとは「1回目と2回目」「第一グループと他のグループの違いが明確になるように、実験の概要(B)を簡潔にまとめればよい(B→A)。
 
⑤段落によると、ワッツ博士らは、グループを9つに分け、第一のグループにのみ他の訪問者(被験者)の評価を表示せず、それ以外のグループには他の訪問者(被験者)の評価の集計を見せて、自分の評価を下すように設定した(B2)。その上で、⑧段落によると、後者のグループでは、実験を2回に分け、1回目は曲をランダムに並べ、2回目は評価の大きい順に曲を並べた(B1)、のであった。以上「B2→B1→A1→A2」の順で解答を構成するとよい。先述した出題のねらい、「ジニ係数の値の違いについて」という問い方からして、これ以上何かを加えるのは検討違いである。
 
 
〈GV解答例〉
ワッツ博士らは被験者を9グループに分け、第一グループのみ他の被験者の評価を表示せず、それ以外のグループは他の被験者の評価の集計を見ながら、自分の評価を下すように設定した。後者では、実験を2回に分け、1回目は曲をランダムに並べ、2回目は評価の大きい順に並べた。以上の実験よりジニ係数は、1回目より2回目の方が人気曲の偏りが大きくなり、また第一グループは他のグループに比べて偏りが小さくなることを示した。(200)
 
〈参考 S台解答例〉
全グループ共通の人気曲、不人気曲はあるものの、他の訪問者の評価が表示されないグループの場合、評価の分布はなだらかである。一方、他の訪問者の評価を見て評価するグループの場合は、特定の曲に評価が集中し、その際、曲がランダムに並べられるよりも、評価の高い順に並べられた場合の方が、人気曲とそれ以外の分極は大きい。これは人間がものごとを決めるときに他人の判断に頼り、対象の優劣が社会的に構成されることを示す。(200)
 
〈参考 K塾解答例〉
曲の評価をめぐり、他人の評価が示される場合、曲をランダムに並べた表に基づく実験と、評価のランク順に並べた表に基づく実験のいずれにおいても、突出した人気曲とそれ以外の曲への分極が顕著に表れ、後者ではそれが極端化している。それに対して、他人の評価を見ずに各人が独立に判断する場合、人気曲と不人気曲との分極はなだらかであった。これらの結果から、人間は物事を決める時に他人の判断に頼る傾向があることが分かる。(200)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
サイト内の曲に評価をつけていく実験において、他人の評価が表示されるグループでは、数曲の非常に突出した人気曲が残りの曲を圧倒する結果となり、曲間の評価の不平等さの度合いを示すジニ係数は高くなった。特に、人気順に並べられた表を見る二回目では、そうでない一回目よりもジニ係数の数値が高くなった。一方、他人の評価が見えないグループでは、評価分布はなだらかで、極寒の不平等さを表すジニ係数の数値は最も低かった。(200)
 
〈参考 T進解答例〉
人間には、自ら判断しにくい事項については多数の他者の判断を参照してものを決める習性がある。試聴した楽曲についての評価の優劣を調査したワッツ博士の実験で、第一グループに突出した人気曲が現れなかったのは、他人の評価が表示されず自らの感性で判断を下したからである。それに対し他のグループでは、他人の評価を見ることができ、さらに2回目の実験では明確な評価順位が示されたため、評価に大きな偏りが生じたのである。(200)
 
 

問二「内的価値に基づかない人気曲」(傍線部(2))はなぜ生まれるのか。著者が援用する故事の意味をふまえて、110字から130字で説明しなさい。

 

理由説明問題。傍線部の直前に「付和雷同の群衆心理が作り上げた(→傍線部)」とあるのだから、理由の締めとしては「〜付和雷同が起きたから」とする以外にないだろう。あとは、ワッツ博士らの実験でどういう付和雷同が起こったのか(A)を、設問要求に沿って「筆者が援用する故事」、すなわち①段落の「パニュルジュの物語」における付和雷同の「意味」(B)と重ねながら、説明することになる。
 
まず、Aについては傍線部の直後「初期段階である曲にたまたま高評点が重なって(A1)/雪だるま式に評価を上げて大人気曲へと成長する(A2)/というわけである」(⑫)を参照する。また、傍線部の直前「「人気があるから人気がある」という付和雷同の群集心理」(A3)も踏まえる。以上より、Aは「初期段階で偶然高評価が重なった曲を(A1)/人々が自らの感性よりも人気があるという事実性に依拠して評価し(A3)/それが新たな評価を呼びこむ(A2)/(という付和雷同が起きたから)」とまとめられる。
次に、Bについては「リーダーと思しき…羊を海に投げ込むや(B1)/残りの羊もみな飛び込んで(B2)」(①)を参照する。これ以上、Bについての説明は記述されていないが、Aの要素(A1/A2/A3)と重ねて、さらに具体化していけばよい。そこで見えてくるのが、リーダーと思しき羊が海に投げ込こまれたことは(B1)、それに続く羊が飛び込む契機にはなったであろうが、残りの羊が「みな」飛び込む要因にはなり得ないということだ。つまり、A3の要素と対応させて考えれば、「リーダーと思しき羊が海に投げ込まれた+それを契機に何匹かの羊が海に飛び込んだ(B1)→他の羊も周囲に呼応して(B3)→みな海に飛び込んだ(B2)」という過程をたどるとするのが自然なのである。
 
以上の要素を繰り込んで、以下のように解答することができる。解答の厚みとしては、問いの主題であるAを中心にして、Bを補助的に重ねるのが妥当だろう。「リーダーと思しき羊が海に投げ込まれたのを契機に(B1)/他の羊も周囲に呼応して(B3)/海に飛び込んだパニュルジュの羊のように(B2)//初期段階で偶然高評価が重なった曲を(A1)/人々が自らの感性よりも人気があるという事実性に依拠して評価し(A3)/それが新たな評価を呼び込む(A2)/という付和雷同が起きたから」。
 
 
〈GV解答例〉
リーダーと思しき羊が海に投げ込まれたのを契機に他の羊も周囲に呼応して海に飛び込んだパニュルジュの羊のように、初期段階で偶然高評価が重なった曲を、人々が自らの感性よりも人気があるという事実性に依拠して評価し、それが新たな評価を呼び込むという付和雷同が起きたから。(130)
 
〈参考 S台解答例〉
曲自体に内在する魅力とは無関係に、初期段階で偶然高評価が重なった曲に、長い先史時代に人類が獲得した形質であろう、パニュルジュの羊の故事に示唆される他者の判断を参考にしてものを決める付和雷同の心性によって、一層高評価が集まった結果、大人気曲が作り上げられるから。(130)
 
〈参考 K塾解答例〉
人間には他人の意見に同調しやすい付和雷同の心性が備わっており、音楽の曲の選好においてもそうした心理が働き、人々は自らの好みや楽曲自体の価値に基づくことなく、多数の他者が高く評価する曲を価値あるものとみなし、それになびきがちであるから。(117)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
誰しもが認める名曲や駄曲であれば、個人の内的価値にもとづいて評価を下しやすいが、自らでは判断しづらい中間的評価の多くの曲では他人の意見に同調するという、人間に生来備わっている付和雷同の心理が助長されやすく、それが人気という群衆心理を生み出すことになるから。(128)
 
〈参考 T進解答例〉
楽曲の人気は、必ずしも曲の創造者の才能や適性に起因する訳ではなく、楽曲公表の初期段階において何らかの偶然による高評価が積み重なり、多くの人間がその評価にとりあえず同調していくという人間本来の習性に起因する社会的な構成物として生成していくものであるから。(126)
 
 

問三「ダークサイド」(傍線部(3))と表現されたのはなぜか、60字から80字で説明しなさい。

 

理由説明問題。傍線部は筆者の「家人」の発言にある。「科学的に行われた実験ってのは…そのままマーケティング(a)とか世論誘導(b)とか、いろいろ実用的な応用があるだろうし」という筆者の発言を受け、学問が科学の名の下に、営利企業のマーケティング(a)やアメリカ大統領選(※2016年、トランプ氏が当選)での世論操作(b)に利用されることを例に挙げ、「物理学者や数学者のダークサイドへの堕ち方もいろいろね」と答えたのである。ここで「ダークサイド」というのは、私企業の営利追求(a)や社会的な不正への関与(b)に相当するものである。一方で、「家人」の中では聞き手である筆者と共有される(はずの)、一般的な意味での学問の「ライトサイド」=正道が想定されているはずである。「学問の正道に対し/aやbというように/学問の現状がその本筋から著しく外れていると思われたから」(A)、「家人」は「ダークサイド」という表現を用いたのである。この「正道」については、「家人」自身による説明も、筆者による注釈も特にない。かといって、ここに踏み込まない解答は、およそ知の営みに値するものではない。われわれのコミュニケーションは、多くの語られない言葉(自明性)に支えられている。ここをこう読まなければ論が成立しない、という空白に適切な言葉を補い、理解し、表現する力も、またわれわれに欠かせない言葉の力であり、知性である。
 
直接書いてなくても、「ダークサイド」を逆転させることで、検討はつく。また、特に注記されないということは、(一定の知性の水準に相応する)常識的な理解で構わないということである。a要素から考えると、学問の正道は一つに、公共的な利益に寄与するものであること。もう一つは、b要素から考えて、学問は真理を探究するものであるという大原則。ゆえに、学問はあらゆる公権力から一定の距離をとり、またそうすることが十分に保障されなければならないのである(=学問の自由)。以上の理解を踏まえ、Aを具体化し、「真理を希求し/公共的な利益に寄与するはずの学問が//私企業の営利追求や社会的な不正を手助けするというように/学問の現状がその本筋から著しく外れていると思われたから」と解答することができる。
 
 
〈GV解答例〉
真理を希求し公共的な利益に寄与するはずの学問が、私企業の営利追求や社会的な不正を手助けするというように、学問の現状がその本筋から著しく外れていると思われたから。(80)
 
〈参考 S台解答例〉
科学の実験成果が、社会制度の賢い設計ではなく、私企業の営利追求の手助けや世論操作などに応用され、人間の卑しい面に関わるもののように、筆者の家人には思われたから。(80)
 
〈参考 K塾解答例〉
いかに科学的に実証されたものでも、その成果が、科学者の社会貢献の意図とは別に、私企業の営利追求や世論操作などの道具として容易に悪用されてしまう恐れがあるから。(79)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
科学者たちによる社会現象の理論化や数値化は意義のあることだが、一方で、私企業の営利追求や世論操作のための狡猾な人心操作に加担することになってしまっているから。(79)
 
〈参考 T進解答例〉
人間は付和雷同という心性を習性として持つという科学的な実験結果が、人間を私企業による営利追求や政治家による世論操作の餌食におとしめるための道具にされているから。(80)