目次
- 〈本文理解〉
- 問一 この文章は、十九歳の縁珠が帰宅した現在の部分、縁珠が十年以上前の過去を回想する部分、再び現在に戻る部分の三つで構成されている。過去を回想する部分が始まるのはどこからか。冒頭の五字を抜き出せ(句読点や記号は含めない)。
- 問二「小学生の縁珠がじれったい思いで文句を言っても」(傍線部(1))とある。小学生の縁珠が母親に対して抱いた「じれったい思い」とはどのようなものか。説明せよ。
- 問三「母の口からでてくる限り、台湾語だろうと中国語だろうとそれらが混合したものであろうと、縁珠には聞き取ることができる」(傍線部(2))とある。縁珠の母の使う言葉の特徴を示したうえで、縁珠が「母の口からでてくる限り」において聞き取ることができる理由を説明せよ。
- 問四「難しいことではないけれど、母の言葉をミユちゃんに「通訳」するのが縁珠は好きではなかった。させられている、とすら感じていた」(傍線部(3))とある。縁珠の母の言葉を友だちに「通訳」することを「させられている、とすら」感じるのはなぜか。説明せよ。
- 問五「ミユちゃんは、日本の女の子、じゃなくて、あたしの友だちよ、と縁珠は思うのだが黙っている」(傍線部(4))とある。縁珠が「黙っている」のはなぜか。説明せよ。
- 問六「それを聞きながら、嘘をついてしまったと後ろめたかったのも覚えている」(傍線部(5))とある。
1.縁珠が後ろめたく感じたのはなぜか。説明せよ。
2.後ろめたく感じたことを、縁珠が十年以上たった今思い出しているのはなぜか。母との関係をふまえて、説明せよ。
〈本文理解〉
出典は温又柔の小説「好去好来歌」。前書きに「父親の仕事の都合により、三歳で台湾から日本へ移り住んだ女性・楊縁珠は、もうすぐ十九歳になる。以下は、日本人の恋人と会った夜に、自宅に戻ってきた場面である」とある。
〈設問解説〉 問一 この文章は、十九歳の縁珠が帰宅した現在の部分、縁珠が十年以上前の過去を回想する部分、再び現在に戻る部分の三つで構成されている。過去を回想する部分が始まるのはどこからか。冒頭の五字を抜き出せ(句読点や記号は含めない)。
〈解〉ユミちゃん
※
と
が現在、間が回想部となる。
問二「小学生の縁珠がじれったい思いで文句を言っても」(傍線部(1))とある。小学生の縁珠が母親に対して抱いた「じれったい思い」とはどのようなものか。説明せよ。
心情説明問題。「じれったい」とは語義的に「物事が思うように進まず(A)/気持ちがじりじりする状態」である。ここでAに相当するのは「(母が)何度訂正しても/友だちの名前を覚えない」ことである。そんな母に対してか「じりじり」する、ここに含まれる気持ちは、まずは戸惑い(どうして?)であり、それに付随する苛立ち(ユミ、なんて子はいない)であろう。「何度訂正しても/友だちの名前を覚えない母に対する/困惑と/苛立ち」とした。
〈GV解答例〉
何度訂正しても友だちの名前を覚えない母に対する困惑と苛立ち。(30)
〈参考 K塾解答例〉
何度言っても友だちの名前をなかなか覚えてくれない母に対するもどかしい思い。(37)
問三「母の口からでてくる限り、台湾語だろうと中国語だろうとそれらが混合したものであろうと、縁珠には聞き取ることができる」(傍線部(2))とある。縁珠の母の使う言葉の特徴を示したうえで、縁珠が「母の口からでてくる限り」において聞き取ることができる理由を説明せよ。
理由説明問題。母の使う言葉の特徴(A)と、縁珠が母の口から出る言葉を理解できる理由(B)を答える。傍線部は
パートにあるが、主な解答根拠はABともに母の特殊な言葉づかいの背景を説明した
パートにある(
はその言葉づかいと縁珠(小学生)との関係)。Aについては、学校では中国語を話さねばならなかったこと、家では台湾語を話し続けたこと、その結果中国語と台湾語を繋ぎ合わせて喋るのが自然になったこと、さらに日本に来てからは時々日本語も加わること(
)、を踏まえて「子ども時代に公の場で強いられた中国語と/私的な場で使った台湾語//時々日本語とを/混ぜて話す」とした。そして、縁珠はその母から生まれ、その母の言葉を聞いて育ったのである(
末)。このことがBに相当する理由となる。
〈GV解答例〉
子ども時代に公の場で強いられた中国語と私的な場で使った台湾語、時々日本語とを自然に混ぜて話す母の言葉を聞いて育ったから。(60)
〈参考 K塾解答例〉
母の使う言葉は、中国語と台湾語を断片的に繋ぎ合わせたような独特のものであるが、その母から生まれ生活をともにしてきた縁珠には自然に理解できるものであったから。(78)
問四「難しいことではないけれど、母の言葉をミユちゃんに「通訳」するのが縁珠は好きではなかった。させられている、とすら感じていた」(傍線部(3))とある。縁珠の母の言葉を友だちに「通訳」することを「させられている、とすら」感じるのはなぜか。説明せよ。
理由説明問題(心情)。傍線部の元の構文は「縁珠は/「通訳」するのが好きでない(X)//させられている(Y)/とすら感じていた」である。「すら」には〈極端な事例を挙げ他を類推させる働き〉がある。すなわちYの事例が説明できるならば、Xは自明ということになる。設問では、傍線から「Yとすら」感じる、という要素だけを切り取り、その理由を聞いているわけだから、その説明のみに集中すればよい。その理由が言えるならXの理由は言うまでもないということだ。
根拠となるのは
パートの傍線部に続く部分「縁珠にそうさせているのはミユちゃんのはずだったが、縁珠は、母がいけないのだと思う。…縁珠の母は、日本語以外の、ミユちゃんには分からない言葉をたくさん話す。だから縁珠がいちいち、ミユちゃんに分かるように直してあげないといけないのだ」。縁珠は「通訳」が難しいから嫌なのではない。母がミユちゃんに分からない言葉で話して、それをいちいちミユちゃんに分かるように直してあげないといけないから、嫌なのである。しかし、これではまだXの理由までしかカバーできていない。ここからYの理由に進むには、母が日本語を話すことができる(ただ母は自分に「もっとも楽であろうやり方で」話す(
))、という要素を加える必要がある。つまり「母は/友だちに伝える要件を(←傍線直前の例)/日本語を話すこともできるくせに/友だちに分からない(→縁珠にしか分からない)/言葉(→台湾語や中国語の混じった言葉)で話したから」、「通訳」をさせられている、とすら感じたのである(「通訳」が好きでないのは言うまでもない)。
〈GV解答例〉
母は友だちに伝える要件を、日本語で話すこともできるくせに、縁珠にしか分からない台湾語や中国語の混じった言葉で話したから。(60)
〈参考 K塾解答例〉
日本に住んでいながら、母が友だちにはわからない言葉を話すせいで、自分がいちいち「通訳」することが苦痛であるばかりか、母にそうした役割を強制されているように感じているから。(85)
問五「ミユちゃんは、日本の女の子、じゃなくて、あたしの友だちよ、と縁珠は思うのだが黙っている」(傍線部(4))とある。縁珠が「黙っている」のはなぜか。説明せよ。
理由説明問題(心情)。「思うが黙っている」のは言っても無駄だからである。ここまで読んで直観的に導かなければならない。書いてないから分かりませんでは人の心は理解できるようにならない。私たちのコミュケーションの多くは言葉にならない余白から成り立っているのだから。むしろ言葉は往々にして心を裏切るのだ。もちろん言葉になくても、その場の状況であったり相手の身振りであったりが雄弁に語ってくれる。小説で登場人物の心情を読み解くとき、まずは〈状況〉を整理せよとは半ばマニュアル化されているが、人間理解の基本にすぎない。初学においてその意識づけは必要だが、現代文解法の真理でも発見したかのように大仰に語る輩はたいてい山師である。
補助線となるのは問二で既に考察した部分。傍線部(1)の直前に「ミユちゃんよ、ママ、何度も言ったじゃない」とあり、小学生の縁珠はじれったい思いをするのであった。その後に「母はそんなの大した問題じゃないと言わんばかりに笑いながら」(a)と続くのも参考になる(もう一つ、時間軸は後になるが、
の末「(母の言い違いに)いちいち訂正してはきりがないと縁珠は諦めている」を踏まえてもよいだろう)。答えは「ミユちゃんを自分の友だちとして個別に認識してほしいが(←傍線内容の抽象化)/その名前を覚えようともしない鷹揚な母に/言っても無駄な気がしたから」。「鷹揚」とは鷹が悠然と空を飛ぶように「ゆったりとして小さなことにこだわらない様」であり、aの性格を表すものとして使った。
でも1950年代に生まれ育った台湾人(縁珠の母も含む)の言葉づかいの形容として使われているが、その言葉づかいは性格にも作用しているのだろう。
〈GV解答例〉
ミユちゃんを自分の友だちとして個別に識別してほしいが、その名前を覚えようともしない鷹揚な母に言っても無駄な気がしたから。(60)
〈参考 K塾解答例〉
日本の小学校に通う縁珠は、ミユちゃんを「日本人」として意識することはないが、日本に移住してもなお台湾人として生きる母にはそうしたことが理解できないと思っているから。(82)
問六「それを聞きながら、嘘をついてしまったと後ろめたかったのも覚えている」(傍線部(5))とある。 1.縁珠が後ろめたく感じたのはなぜか。説明せよ。 2.後ろめたく感じたことを、縁珠が十年以上たった今思い出しているのはなぜか。母との関係をふまえて、説明せよ。
1.理由説明問題(心情)。〈状況〉としてはミユちゃんに母の話す言葉を縁珠が問われた場面である(a)。ミユちゃんは初め「英語?」と聞き、それが否定されると今度は「中国語?」と聞いた。縁珠はそれを思わず復唱してしまい、それで確信を得たのかミユちゃんが再び「中国語?」と聞いたとき、縁珠は「キラキラ光るミユちゃんの大きな目から早く逃れたくて…力なく頷いた」のである(b)。感嘆の声をあげるミユちゃんに対して「母が話すのは、中国語、というよりは中国語と台湾語を断片的に繋ぎ合わせたものだ…」と縁珠は思った(c)のだが、それも後の祭り。「中国語!」とミユちゃんが「昂奮したように繰り返していたのを覚えている」(d)。傍線部の「後ろめたさ」はそれに続くのである。以上より「友だちに母の話す言葉を問われた時(a)/複雑な説明を避け(c)/誤魔化してしまい(b)/答えを得たと興奮する友だちを(d)/裏切る結果になったから(→後ろめたい)」となる。
〈GV解答例〉
1.友だちに母の話す言葉を問われた時、複雑な説明を避け誤魔化してしまい、答えを得たと昂奮する友だちを裏切る結果になったから。(60)
〈参考 K塾解答例〉
1.母が話すのは厳密には中国語ではないのに、ミユちゃんにそれが中国語であると誤解させてしまっただけでなく、彼女に自分の答えが正解だったと大喜びさせてしまったから。(79)
2.理由説明問題(回想のトリガー)。回想を考える際の重要な着眼は、視点人物の心情が現在から過去の時空へ飛翔するとき、現在の中に過去と重なり回想を促すようなトリガーがあるということだ。ここではそれが答えに直結する。
(現在)から
(過去)への境界で発見されるトリガーの一つは「母の日本語の誤用」(電気を開’け’ないの→ユミちゃん?)。それともう一つ、
の時点では読者は気づかないが、
(過去)から
(現在)へ戻る地点で気づくことがある。それは「友だちへの後ろめたさ/母への後ろめたさ」である。
ただ注意すべきは、読者の立場では「友だちへの後ろめたさ」→「母への後ろめたさ」の順で気づくのが自然だとしても、視点人物(回想の主体)においてはあくまで現在の「母への後ろめたさ」が回想へのトリガーでなければならないということだ。視点人物は
の段階で「母への後ろめたさ」を感じているか。冒頭部でもうすぐ19歳になる縁珠は、日本人の恋人と会い、夜遅く帰宅する。電気を消したままのダイニング、そこに寝巻き姿の母が入ってくる。「どうして電気を開けないの?」。縁珠は母に笑いかけるが、母は笑わない。「母にとって馴染みのない匂いが、自分の服や髪や皮膚にしみ込んでいるのだろうと思ったとたん、逃げ出したくなった」(
)。この表現を
でも「縁珠は、自分の服や、髪や、皮膚に沁みついているであろう匂いのことを思い、電気を点’け’なくてよかった、と心底思う」と重ねていることが示唆的だ。
→
とつなぎ、
を
と響かせることによって、
→
を導く。
での「日本語の誤用」トリガーは、むしろ「後ろめたさ」(修羅場)トリガーに付随してあり、それらが母が「ユミちゃん」と繰り返し言い違えたミユちゃんへの「後ろめたい」過去を想起させたのである。以上より「母の日本語の誤用を機に/小学生時の母の言い違いを想起した上//今の母への後ろめたい状況が/当時の友だちへの心情と重なったから」。あえて解説に加えなかったが、設問文の「母との関係をふまえて」は大きなヒントとなっている。
〈GV解答例〉
2.母の日本語の誤用を機に小学生時の母の言い違いを想起した上、今の母への後ろめたい状況が当時の友だちへの心情と重なったから。(60)
〈参考 K塾解答例〉
2.日本で台湾人として生きる母と、人生の大半を日本で生きてきた自分との間には抜きがたい隔たりがあり、その母に日本人の恋人と会ってきたことを告げない自分にやましさを感じたから。(85)





