〈本文理解〉

出典は吉田憲司「仮面と身体」。著者は国立民族学博物館館長。
 
①段落。いまさらいうまでもなく、仮面はどこにでもあるというものではない。…いずれにせよ、仮面は、人類文化に普遍的にみられるものではけっしてない。
 
②段落。ただ、世界の仮面の文化を広くみわたして注目されるのは、仮面の造形や仮面の製作と使用を支える組織のありかたに大きな多様性がみられる一方で、随所に、地域や民族の違いを越えて、驚くほどよく似た慣習や信念がみとめられるという事実である。相互に民族移動や文化の交流がおこったとは考えられない、遠く隔たった場所で酷似した現象がみとめられるというのは、やはり一定の条件のもとでの人類に普遍的な思考や行動のありかたのあらわれだと考えてよい。「その意味で、仮面の探究は、人間のなかにある普遍的なもの、根源的なものの探究につながる可能性をもっている」(傍線部ア)。
 
③段落。地域と時代を問わず、仮面に共通した特性としてあげられるのは、それがいつでも、「異界」の存在を表現したものだという点である。…仮面はつねに、時間の変わり目や危機的な状況において、異界から一時的に来たり、人びとと交わって去っていく存在を可視化するために用いられてきた。…たしかに、知識の増大とともに、人間の知識の及ばぬ世界=異界は、村をとりまく山や森から、月へ、そして宇宙へと、どんどん遠くへ退いていく。しかし、世界を改変するものとしての異界の力に対する人びとの憧憬、異界からの来訪者への期待が変わることはなかったのである。
 
④段落。ただ、忘れてならないのは、人びとはその仮面のかぶり手を、あるときは歓待し、あるときは慰撫し、またあるときは痛めつけてきたということである。仮面は異界からの来訪者を可視化するものだとはいっても、それはけっして視られるためだけのものではない。それは、あくまでもいったん可視化した対象に人間が積極的にはたらきかけるための装置であった。仮面は、大きな変化や危機に際して、人間がそうした異界の力を一時的に目にみえるかたちにし、それにはたらきかけることで、その力そのものをコントロールしようとして創りだしてきたもののように思われる。…
 
⑤段落。ここでは、仮面が神や霊など、異界の力を可視化し、コントロールするための装置であることを強調してきた。しかし、そのような装置は少なくとももうひとつある。神霊の憑依、つまり馮霊である。しかも、仮面は、これまで、憑依の道具として語られることが多かった。…仮面をかぶった踊り手には、霊が依り憑き、踊り手はその霊になりきるのだ。…(〜⑥段落)。
 
⑦段落。しかし、その一方で神事を脱し芸能化した仮面や子どもたちが好んでかぶる仮面に、憑依という宗教的な体験を想定することはできない。仮面のありかたの歴史的変化が語っているのは、「仮面は憑依を前提としなくなっても存続しうる」(傍線部イ)という事実である。そしてその点で仮面は決定的に霊媒と異なる。霊媒は憑依という信念が失われた瞬間、存立しえなくなるからである。
 
⑧段落。仮面と憑依の相同性を強調した従来の議論に反して、民族誌的事実と歴史的事実は、このように、ともに仮面と憑依との違いを主張している。仮面は憑依と重なりあいつつも、それとは異なる固有の場をもっているのである。では、その固有性とは何か。それを考えるには、顔をもうひとつの顔で覆うという、仮面の定義に戻る以外にないであろう。そして、その定義において、仮面が人間の顔ないし身体をその存立の与件としている以上、仮面の固有性の考察も、私たちの身体とのかかわりにおいて進められなければならない。以下では、仮面を私たちの身体的経験に照らして考察することにする。
 
⑨段落。仮面と身体とのかかわり。それはいうまでもなく、仮面が顔、素顔の上につけられるものだという単純な事実に求められる。…
 
⑩段落。変身にとって、顔を隠すこと、顔を変えることが核心的な意味をもつ理由をはじめて明確に示したのは、和辻哲郎であった。…和辻は「人の存在にとっての顔の核心的意義」を指摘し、顔はたんに肉体の一部としてあるのでなく、「肉体を己れに従える主体的なるものの座、すなわち人格の座」を占めていると述べたのであった。
 
⑪段落。この和辻の指摘の通り、確かに私たちの他者の認識の方法は顔に集中している。逆にいえば、他者もまた私の顔から私についてのもっとも多くの情報を得ているということになる。しかし、他者が私を私として認知する要となるその顔を、私自身は見ることができない。自分の身体でも他の部分なら鏡を使わずになんとか見えるのに、顔だけは絶対に見ることができないのである。和辻の言葉を借りていえば、顔は私の人格の座であるはずなのに、その顔は私にとってもっとも不可知な部分として、終生、私につきまとうことになる。
 
⑫段落。顔は、しかも身体のなかでも、時々刻々ともっとも大きな変化を遂げている部分であろう。…
 
⑬段落。もっとも他者から注目され、もっとも豊かな変化を示すにもかかわらず、けして自分でみることのできない顔。仮面は、まさにそのような顔につけられる。そして「他者と私とのあいだの新たな境界となる」(傍線部ウ)。
 
⑭段落。ここで仮面が、木製のものと繊維製のものとを問わず、それぞれにほぼ定まった形をもったものだという点を忘れてはならない。そのうえ、私たちは、その反面、自分と他者との新の境界を、自分の目で見て確かめることができる。仮面は、変転きわまりない私の顔に、固定し対象化したかたどりを与えるのである。したがって、「仮面をかぶると、それまでの自分とは違った自分になったような気がする」という、人びとが漏らす感想も、固定された素顔から、別のかたちに固定された顔への変化にともなう感想なのではない。それはむしろ、常に揺れ動き定まることなかった自身の可視的なありかたが、はじめて固定されたことにともなう衝撃の表明としてうけとめられるべきである。また、精霊の仮面をかぶった男が聖霊に憑依されたと確信するのも、そしてウルトラマンの仮面をかぶった少年がウルトラマンに「なりきれる」のも、仮面によってかぶり手の世界に対する関係がそのかたちに固定されてしまうからにほかならない。
 
⑮段落。仮面は、私たちにとって自分の目ではけっしてとらえられない二つの存在、すなわち「「異界」と自分自身とを、つかの間にせよ、可視的なかたちでつかみ取るための装置」(傍線部エ)なのである。
 

問一「その意味で、仮面の探求は、人間のなかにある普遍的なもの、根源的なものの探求につながる可能性をもっている」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。肩慣らしの一問。「その意味で(A)//仮面の探究は/根源的なものの(B)/探究につながる可能性をもっている(C)」。Aについては、直前の2文「世界の仮面の文化を広くみわたして注目されるのは…地域や民族の違いを越えて…/遠く隔たった場所で酷似した現象がみとめられる」と次段落(③)の冒頭「地域と時代を問わず」を踏まえて、「仮面をめぐっては地域や民族、時代を問わず酷似した現象が認められる」とまとめる。そこからの論理的帰結として「仮面の探究は〜可能性をもっている」を換言するとよい。
 
特にBの具体化がポイントとなるが、このとき、やはり直前部から「人類に普遍的な思考や行動のありかた」をそのまま換言要素にするのは浅薄にすぎる。というのも、この箇所は「その意味で」に含まれる部分であり、B(→C)はその論理的帰結でなければならないからだ。そこで、改めてAからの帰結であること、「人間のなかにある/普遍/根源」と関わるものであること、を踏まえてBを「人間/一般の/本質」と具体化した。Cの換言も丁寧にして、解答は「仮面をめぐっては地域や民族、時代を問わず酷似した現象が認められるので(A)//その探究は/人間一般の本質を(B)/解明する端緒になりうるということ(C)」となる。本文の言葉や内容に則るべきだが、それは本文の言葉を継ぎ接ぎして解答の風にすることと同義でないことを、肝に銘じておきたい。
 
 
〈GV解答例〉
仮面をめぐっては地域や民族、時代を問わず酷似した現象が認められるので、その探究は人間一般の本質を解明する端緒になりうるということ。(65)
 
〈参考 S台解答例〉
仮面の文化には地域や民族を超えた共通の慣習や信念が認められ、仮面の研究は人類に普遍的な思考や行動を解明しうるということ。(60)
 
〈参考 K塾解答例〉
多様な仮面の文化に見られる類似した慣習や信念を考察することは、地域や民族、時代の違いを超えた人間の本質を探る手がかりとなりうるということ。(69)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
仮面は一部の地域に特有のものだが、そこに見られる慣習や信念の類似性を通して人間一般に通じる思考や行動の考察が可能になるということ。(65)
 
〈参考 T進解答例〉
遠隔の地で見られる酷似した仮面の現象は人類の普遍的に持つ思考や行動の在り方の具現と考え得る点で、仮面を研究すれば人類の本質を追求し得るということ。(73)
 
 

問二「仮面は憑依を前提としなくなっても存続しうる」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。傍線部を一文で見ると「仮面のありかたの歴史的変化が(A)/語っているのは/仮面は憑依を前提としなくなっても存続しうる(傍線部)/という事実である」となる。ここから傍線部はAを根拠として導かれる、判断(命題)であることが分かる。よって、解答構文を「Aによると//憑依は(B)/仮面の文化の成立条件(必要条件)でないということ」として、あとはAとBを具体化すればよい。
 
Aについては、傍線部一文の前文「神事を脱し芸能化した仮面や子どもたちがかぶる仮面に(←変化の後)、憑依という宗教的な体験を想定することはできない」を根拠とする。Bについては、傍線段落から2段遡った⑤段落より「仮面が…異界の力を可視化し、コントロールする装置/そのような装置はもうひとつある/神霊の憑依、つまり憑霊である/仮面は…憑依の道具として語られることが多かった(←変化の前)」を根拠とする。以上より、解答は「仮面の使用が世俗化した歴史的変化(A)を踏まえると//異界の力を可視化し制御するという憑依は(B)/仮面の文化の成立条件ではなくなるということ」となる。仮面の脱「宗教」化を「世俗」化という言葉でまとめたのは、語彙として知っておくとよい。M.ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(プロ倫)によると、「脱呪術化」すなわち「信仰の世俗化」こそが「近代化」の条件となる。
 
 
〈GV解答例〉
仮面の使用が世俗化した歴史的変化を踏まえると、異界の力を可視化し制御するという憑依は、仮面の文化の成立条件ではなくなるということ。(65)
 
〈参考 S台解答例〉
仮面は、異界の力を可視化し制御する憑依の道具とされてきたが、宗教性を脱しても変身の手段として用いられ続けるということ。(59)
 
〈参考 K塾解答例〉
仮面をかぶった者に神霊が依り憑くことで、その力を活かせるという宗教的信念を脱した今日でも、仮面は芸能や遊戯などの場面で使われていること。(68)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
憑依と仮面は深く結びつきながらも、仮面は人間の顔や身体を前提として成立する点で、憑依とは独立して存在することが可能だということ。(64)
 
〈参考 T進解答例〉
仮面は、異界の力を可視化し、その力を統御する装置で、神霊の憑依の道具でもあるが、神霊の憑依という信念が失われても存立し続けるということ。(68)
 
 

問三「他者と私とのあいだの新たな境界となる」(傍線部ウ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。「新たな境界となる」という表現は、変化の結果を示している。変化をもたらす要因は、傍線前文より「仮面を/顔に/つけること」である。それによって「もっとも他者から注目され(a)/もっとも豊かな変化を示すにもかかわらず(b)/けして自分ではみることできない顔(c)」(傍線2文前/変化前)が変化し、「新たな境界となる」(変化後)のである。
 
では「新たな境界となる」とはどういう事態か?根拠となるのは、傍線次段(⑭)より「私たちは、その仮面、自分と他者との新たな境界を、自分の目で見て確かめることができる(d)/仮面は、変転きわまりない私の顔に、固定化し(e)/対象化しかたどりを与える(f)」。また、同じ段落の最終文「精霊の仮面をかぶった男が精霊に憑依されたと確信するのも…ウルトラマンの仮面をかぶった少年がウルトラマンに「なりきれる」のも、仮面によってかぶり手の世界に対する関係がそのかたちに固定されてしまうから(g)」という要素も参照するとよい。
 
以上より、解答は「他者に晒されながら(a)/自身にとって不可知である顔を(c)/仮面をかぶることでその変化を固定し(be)/自身の管理下に置き(df)/改めて他者に向かうということ(g)」となる。記述の工夫は、「自分の目で見て確かめることができる(d)/対象化してかたどりを与える(f)」では踏み込みが浅いので、「自身の管理下に置き」と表現し直した点である。次の本文主旨問題とも関わることだが、仮面には憑依の機能と同じく「異界の力を可視化し、コントロールする(⑤)」力があるが、それは憑依抜きでも成り立つのであった(問二)。そして、この「可視化とコントロール」は、より本質的には自らの「顔」という「私の人格の座(⑪)」にありながら、その「私」にとって不可知であり、よってコントロールしがたいものにも適用できる、というのが⑨〜⑭パートの文脈であろう。この点を踏まえて「管理下」という表現を用いた。
 
 
〈GV解答例〉
他者に晒されながら自身にとって不可知である顔を、仮面を被ることでその変化を固定し、自身の管理下に置き改めて他者に向かうということ。(65)
 
〈参考 S台解答例〉
人格の座でありながら私には不可知で変化に富む顔に仮面をつけて固定し対象化することで、他者との関係が新たになるということ。(60)
 
〈参考 K塾解答例〉
人格の表れとして他者に認知されるが、自ら確認できないまま常に変化する顔が、仮面によって自分にも見える固定した像として他者に示されること。(68)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
人格の核心であり、たえず変動しつつ自分には見えない顔に仮面をつけることで、他者との間に可視的で固定的な別の形が作られるということ。(65)
 
〈参考 T進解答例〉
仮面は、他者が「私」の人格を見出していた顔を覆い、そこで表出された人格が「私」であるという認識のもとに、他者との新たな関係が拓かれていくということ。(74)
 
 

問四「『異界』と自分自身とを、つかの間にせよ、可視的なかたちでつかみ取るための装置」(傍線部エ)とはどのようなことを言っているのか、本文全体の趣旨を踏まえて100字以上120字以内で説明せよ。

内容説明問題(本文主旨)。傍線部は、1文のみからなる最終⑮段落「仮面は、私たちにとって自分の目ではけっしてとらえられない二つの存在、すなわち「「異界」と自分自身とを、つかの間にせよ、可視的なかたちでつかみ取るための装置」なのである」の後半部にある。これを踏まえ、解答構文を「仮面とは/不可視な異界の力を(A)/また不可視な自分自身=顔を(B)/つかの間にせよ/可視的なかたちでつかみ取るための(C)/装置だということ(D)」とし、A〜Dを具体化すればよい。
 
解答の中心になるAについては③〜⑧パートを、Bについては⑨〜⑭パートを参照すればよい。特に、Aは「仮面はつねに、時間の変わり目や危機的な状況において、異界から一時的に来たり、人びとと交わって去っていく存在を可視化するために用いられた(③)」、Bは「顔は人格の主座であるはずなのに、その顔は私にとってもっとも不可知な部分(⑪)/もっとも他者から注目され…にもかかわらず、けして自分では見ることのできない顔(⑬)」を根拠とした。また、その両者を束ねるCについては、問三の解説の最終部ですでに触れたように、「可視化とコントロール」という表現を用いるのが的確だろう。さらにDについては、A〜Cでは触れない①②パートに着目して「(仮面とは)地域や時代を問わず普遍的な様式をもつ文化装置である」とまとめることができる(←問一)。
 
以上より、解答は「仮面とは/現象的には社会の変化や危機をもたらす不可視な異界の力を(A)/より本質的には普段は他者に晒されながら自身にとって不可知な人格の座としての顔を(B)/一時的にしろ/可視化し制御するための(C)/地域と時代を問わず普遍的な様式をもつ文化装置だということ(D)」となる。ここで、「異界」と「顔」を「可視化し制御」する「仮面の機能」においては、後者により「本質」があることを踏まえ(⑧)、前者に対してはその対義語である「現象」という語彙を用いている。より質の高い解答を提示するためには、日頃から汎用性の高い語彙に親しみ、適切に使える形でストックしておくことが肝要である。
 
 
〈GV解答例〉
仮面とは、現象的には社会の変化や危機をもたらす不可視な異界の力を、より本質的には普段は他者に晒されながら自身にとって不可知な人格の座としての顔を、一時的にしろ可視化し制御するための、地域と時代を問わず普遍的な様式をもつ文化装置だということ。(120)
 
〈参考 S台解答例〉
仮面は、異界の存在を可視化し人間が積極的に働きかけるための装置であるとともに、自身の顔という不可知で変化に富むものを固定し対象化する装置であり、自分の眼では捉えられないものを何とか制御しようとする人間の根源的な欲求に関わるものだということ。(120)
 
〈参考 K塾解答例〉
世界を改変する力を持つ異界や、自分には見えぬまま人格を表す顔のように、人間の存在を左右しながら人間には不可知なものを、一時的にせよ、仮面によって可視化し制御することで世界や自己を変えようとする点に、人間の根源的な思考や行動がうかがえること。(120)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
仮面は異界の存在を可視化し、世界を変えうるものとしてそれらに積極的に働きかけ、コントロールすることを可能にする装置であり、同時に自らの人格の中核であり、常に変動しつつ自分では見ることのできない顔を可視化し、固定化する装置でもあるということ。(120)
 
〈参考 T進解答例〉
人知の及ばぬ世界の力を可視化してその統御を目指す、また人の人格が表れるのに当人には不可視で絶えず変化する顔を覆って固定化する仮面は、人間には不可視のものに一過的にでも定まった形を与えて可視化して、世界との新たな関係をもたらしうるということ。(120)
 
 

問五 (漢字の書き取り)

a.狩猟 b.遂げて c.衝撃