〈本文理解〉

出典は安藤英由樹、渡邊淳司「ウェルビーイングの見取り図」

 

①〜⑤段落。情報通信技術の革新は、あなたを幸せにしてくれただろうか。パーソナルコンピュータの発明やインターネットの登場、スマートフォンのような情報通信デバイスの普及、さまざまなテクノロジーのおかげで、私たちはいろいろなことができるようになった。…しかし、それは本当に「幸せ」をもたらしているといえるのだろうか?…ソーシャルゲームへの依存に伴う過度な課金や、チャットツールなど閉じたコミュニティで発生するいじめ、SNS上での誹謗中傷など、インターネットの発展に伴って生まれた問題はもはや社会全体に大きな影響を及ぼしつつある。「もしかしたら、私たちは情報通信技術によって「幸せ」から遠ざけられているのだろうか?」(傍線部(1))。こうした問題は、情報通信技術を開発するうえで根源的な目標であった「人間を幸せにする」ことがきちんと意識されないまま設計が進んでしまったことから生まれたものだといえる。そもそも人間にとって「幸せとは何か」がきちんと検討されてこなかったからこそ、本来人々を幸せにするはずの技術が人々を抑圧してしまっているのだ。

 

⑥〜⑧段落。近年、これらの背景から「ウェルビーイング(wellbeing)」という人間の心の豊かさに関する概念が注目されている。…福祉分野においても、ウェルビーイングは議論の対象となることが多い。近年の福祉理念は、社会的弱者を救うという「福祉(ウェルフェア)」(傍線部(2))から、自律的な活動や自己実現をとおしての「福祉(ウェルビーイング)」(傍線部(3))へ変化しているといわれている。社会から見たときに、福祉の対象を保護や救済の対象と考えるのではなく、一人の人間としてその充足や自律性を積極的に尊重しようという考えに変わってきたということである。これは、ウェルフェアの視点からつくられたプログラムでは、対象それぞれが持つ固有の状況に対応できないということや、むしろ対象を能動的な主体として捉え、個々のウェルビーイングを起点とすることでよりゆたかな福祉が実現するできるのではないかという考えるによる。…

 

⑨〜⑪段落。しかし、ひとくちにウェルビーイングといっても、その意味が見えづらいのもたしかだ。直訳すると「心身がよい状態」を指すこの言葉は、しばしば「医学的ウェルビーイング」、「快楽的ウェルビーイング」、「持続的ウェルビーイング」という3つの定義で使われている。ひとつめの」医学的ウェルビーイング」とは、心身の機能が不全ではないか、病気ではないかを問うものである。…ふたつめの「快楽的ウェルビーイング」とはその瞬間の気分の良し悪しや快/不快といった主観的感情に関するものである。最後の「持続的ウェルビーイング」は、人間が心身の潜在能力を発揮し、意義を感じ、周囲の人との関係のなかでいきいきと活動している状態を指す包括的な定義である。…

⑫〜⑭段落。このように、ウェルビーイングの研究は近年急速に進んできているが、一方でこれまでの研究の多くはもっぱら「個人主義的」な視点に基づいて進められてきたことに注意せねばなるまい。欧米では主潮となるこの視点は、確立された個人のウェルビーイングを満たすことで社会への貢献を目指すものであるが、それだけでなく、集団のゴールや人間同士の関係性、プロセスのなかで価値をつくりあうという考えに基づく「集産主義的」な視点を無視してはいけないだろう。…個人の身体と心を対象とした欧米型の「わたし」のウェルビーイングからこぼれ落ちてしまった、身体的な共感プロセスや共創的な場における「わたしたち」のウェルビーイングの観点を、日本や東アジアのウェルビーイングに取り組むために忘れてはならない。もちろん、個人主義的な視点と集産主義的な視点は対立するものではなく、一人の人間のなかに両面が存在し、ウェルビーイングの理解を補完しあうものである。また、人と人のあいだにウェルビーイングが生じると考える集産主義的な視点を広げると、それは「コミュニティと公共のウェルビーイング」へとつながる。特定の人とのつながりだけでなく、」利害関係が入りくんだ不特定多数の人が集まるコミュニティや公共の場においてこそ、ウェルビーイングの観点が必要になる」(傍線部(4))であろう。そして、不特定多数の人と人が交わる場は、インターネット空間にも存在し、同様に「インターネットのウェルビーイング」も存在するはずである。
⑮段落。個人の心のなか、人と人のあいだ、コミュニティや社会、そしてネットのなか、とこれらの領域は独立しながらも影響しあっており、そのすべてを捉えなければウェルビーイングの総体を捉えることはできない。私たちがいま取り組むべきは、「ウェルビーイングの「解像度」を上げること」であり、ウェルビーイングとはいったい何なのかを整理しなおすことだろう。これらの領域にまたがったウェルビーイングを整理していくことでこそ、「わたし」や「わたしたち」にとってのウェルビーイングとは何なのか、どうやってウェルビーイングを実現していくのか、その道のりが見えてくるはずだ。

問一(漢字の書きと読み ※読みはカタカナで)

a.カタヨ b.ヒボウ c.採択 d.浸透 e.サカノボ f.配慮 g.ホウセツ h.発揮 i.ソガイ j.促進

 

問二「もしかしたら、私たちは情報通信技術によって「幸せ」から遠ざけられているのだろうか?」(傍線部(1))とあるが、筆者がそのように問う理由を本文に即して80字以内で説明せよ。

理由説明問題(表現意図)。問い方に留意する必要がある。すなわち、単純に傍線部の理由を聞くのではなく、傍線部のような問いをなす意図を聞いている、という点に着眼しなければならない。
 
まず傍線部に至る展開の上で注意したいのは、前③段落冒頭で筆者は「それ(=情報通信技術の革新)は本当に「幸せ」をもたらしているといえるのだろうか?」と問いを立て、その後具体例を挟んで、段落末尾を「インターネットの発展に伴って生まれた問題はもはや社会全体に大きな影響(→負の影響)を及ぼしつつある」と結んでいるという点だ。ここで情報通信技術の革新は必ずしも「幸せ」をもたらさないことがはっきりした。ならば、それに続く④段落冒頭の「…「幸せ」から遠ざけられているのだろうか?」という傍線部の問いは「「幸せ」から遠ざけられいる」という筆者の判断であり、そう判断する根拠を答えるのが正しい筋になる。ならば、その根拠は⑤段落の2文「情報通信技術を開発するうえで根源的な目標であった「人間を幸せにする」ことがきちんと意識されないまま設計が進んでしまった→本来人々を幸せにするはずの技術が人々を抑圧してしまっている」。筆者はそう考えるから、傍線部のすでに答えの定まった「問い」を読者に提示したのである。
 
解答の解説は以上だが、2つ補足する。一つは、なぜ出題者は傍線部の理由を直接問わず、本問のような周りくどい問いにしたのか。これについては、傍線部それ自体の表現では理由の着地点が曖昧になるからである。「そのように問う」理由を聞くことで、理由の着地点を明確にする作業を経由して、各自が解答することを促しているのである。もう一つは、前③段落の内容、情報通信技術の革新が社会全体に大きな問題をもたらしているということは、「「幸せ」から遠ざけられている」という判断の根拠にならないのか。これについては、③段落冒頭の「それ(=情報通信技術の革新)は本当に「幸せ」をもたらしているといえるのだろうか?」という問い方と対応している。もしここに傍線が引いてあるのなら下のS台の解答例で適切だといえるが、④段落で一つ進んだ形で(表層から深層へと)問うた意図として③段落の内容は不適切なのである。
 
 
〈GV解答例〉
情報通信技術の根源的な目標であった「人間を幸せにする」ことが何かを十分に検討しないまま技術開発が進められたため、その技術が逆に人間を抑圧していると考えるから。(80)
 
〈参考 S台解答例〉
情報技術通信の革新は、人との繋がりや知的活動の面で人々の生活を豊かにしたが、そこから生じる問題が社会全体に大きな影響を及ぼし、人々を抑圧していると思われるから。(80)
 
〈参考 K塾解答例〉
幸せとは何かが検討されないまま開発された情報通信技術が、人々の心身を常に緊張状態に置いたり、分断の状況を生むなど、人々を抑圧するような問題を生み出しているから。(80)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
情報通信技術の革新で知的活動や効率は向上したが、同時に私たちの心身は常に外部と接続可能な緊張状態となり、ネット上での誹謗中傷などの問題もあって疲弊しているから。(80)
 
 

問三「福祉(ウェルフェア)」(傍線部(2))と「福祉(ウェルビーイング)」(傍線部(3))の違いについて、本文に即して110字以内でまとめよ。

〈GV解答例〉
前者は対象を保護や救済の対象とみなし社会で統一された基準を適用する従来の福祉理念であるが、後者は対象を能動的な主体として捉え、個々の充足や自立性を積極的に尊重し、その心身の豊かさの実現を支援する近年強まる福祉理念である。(110)
 
 
〈参考 S台解答例〉
前者は、保護や救済の対象である社会的弱者を救うという従来の福祉理念であるが、後者は、能動的な主体が持つ固有の状況を起点に、人間としての充足や自立性を積極的に尊重し、その実現を目指すという近年の福祉理念であるという違い。(109)
 
 
〈参考 K塾解答例〉
ウェルフェアは社会的弱者を、その固有の状況を考慮せずに、福祉の対象として保護し救済するのに対し、ウェルビーイングは個人を固有の状況を持つ能動的な主体と捉え、その自律的な活動や自己実現を通して、より豊かな福祉を実現する。(109)
 
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
前者は福祉の対象を保護や救済が必要な社会的弱者と考えているが、後者は福祉の対象を能動的な主体として捉え、個人としての充足感や自律性を尊重し、一人一人が心身ともに豊かに生きられるような社会を実現すべきだと考えている。(107)
 

問四(空所補充)

A.イ B.ウ C.ア D.

問五「利害関係が入りくんだ不特定多数の人が集まるコミュニティや公共の場においてこそ、ウェルビーイングの観点が必要になる」(傍線部(4))とあるが、ここでいう「ウェルビーイング」とはどのようなものか。「個人主義的」「集産主義的」の二つの用語を用いながら、本文に即して110字以内で説明せよ。

内容説明問題。傍線部の直接の説明ではなくて、傍線部の文脈における「ウェルビーイング」を「個人主義的」「集産主義的」という指定用語と紐づけて説明することが要求されている。まず「ウェルビーイング」という術語についての一般的な定義は本文中で「心身がよい状態」(⑨)ぐらいしかない。ここでは、前文に「集産主義的な視点を広げると」とあるから、この文脈での「ウェルビーイング」に直接つながる「集産主義的な視点」との関連で「ウェルビーイング」を説明することになる。また、もう一つの指定用語「個人主義的」については、前⑬段落に「個人主義的な視点と集産主義的な視点は…一人の人間のなかに両面が存在し、ウェルビーイングの理解を補完しあうもの」とあるので、「個人主義的な視点に加えて/集産主義的な視点と関わる/ウェルビーイング=心身がよい状態」という形式で解答を構成すればよいだろう。
 
「個人主義な視点」と「集産主義的な視点」については後者を中心に⑫⑬段落に詳しく述べてある。両者の対比を明確にしてそれぞれの説明を加えると、「確立された個人が/社会への貢献を目指すという/個人主義的な視点」(A)、「集団の中で共通の目標を定め/身体的な共感プロセスや共創的な場を通して/価値をつくりあうという/集産主義的な視点」(B)となる。以上より「Aにとどまらず/Bによって導かれる/人間の心身の豊かな状態」と仕上げた。
 
 
〈GV解答例〉
確立された個人が社会への貢献を目指すという個人主義的な視点にとどまらず、集団の中で共通の目標を定め、身体的な共感プロセスや共創的な場を通して価値をつくりあうという集産主義的な視点によって導かれる、人間の心身の豊かな状態。(110)
 
〈参考 S台解答例〉
確立された個人の身体と心を満たし、社会への貢献を目指すという「個人主義的」な視点と補完し合う、集団のゴールや人間同士の関係性、プロセスのなかで価値をつくり合うという考えに基づく「集産主義的」な視点に立つウェルビーイング。(110)
 
〈参考 K塾解答例〉
個人の心の中に生じる心身が良好な状態を対象とする個人主義的な視点ではなく、集団的に価値をつくりあうという考えに基づく集産主義的な視点に立つことで捉えられる、人と人との間やコミュニティと公共の場に生じる心身が良好な状態。(109)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
個人の心身を豊かにして社会貢献を目指す個人主義的な視点のみならず、他者との関係性・共同性を築いてゆく中で価値を創出する集産主義的な視点も備えて、不特定多数の人々の間や公共の場にある人々の心身を豊かな状態に保つこと。(107)
 
 

問六「ウェルビーイングの「解像度」を上げること」(傍線部(5))とあるが、それはどういうことか。次に示した「解像度」の定義を参照しながら、本文中の事例を参考に、45字以内で説明せよ。

内容説明問題。傍線部を含む一文は3文構成の⑮段落の2文目にあり、その前後の文と内容的に対応することに留意したい。つまり、2文目の前半部である傍線部は、1文目「個人の心のなか、人と人のあいだ、コミュニティや社会、そしてネットのなか、とこれらの領域は独立しながらも影響しあっており、そのすべてをとらえなければ…」、3文目「これらの領域にまたがったウェルビーイングを整理することで…」と意味的に対応している。これと設問に与えられた「解像度」の定義を考え合わせると、「個人や集団の領域を確定して相互の影響を整理し/各自の求めるウェルビーイング(→豊かさ)をより精細に把握すること」と導くことができる。短い字数での解答が要求されているので、傍線部自体の換言にとどめなければならない。
 
 
〈GV解答例〉
個人や集団の領域を確定して相互の影響を整理し、各自の求める豊かさをより精細に把握すること。(45)
 
〈参考 S台解答例〉
情報通信技術を背景に、諸領域にまたがるウェルビーイングの概念をより精細に捉えるということ。(45)
 
〈参考 K塾解答例〉
曖昧なウェルビーイングの状態を、診断を通じて測定可能なものとするなどして精細に捉えること。(45)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
種々の領域にまたがるウェルビーイングの総体を捉えるために、その意味や価値を明瞭にすること。(45)