〈本文理解〉

出典は小山清「井伏鱒二の生活と意見」。前書きに「太宰治に傾倒していた作家、小山清による井伏鱒二訪問記の一節である。井伏は太宰の師匠であった」とある。

 

①段階。私が初めて井伏さんに会つたのは、終戦の年の春、太宰さんが甲府の奥さんの里に疎開したときのことであった。…その頃、井伏さんは甲府市外の甲運村に疎開してゐた。ある日、甲府の井伏さんの行きつけの梅ヶ枝といふ旅館で、三人で酒を飲んだ。そのとき、井伏さんは太宰さんに向かつてふと、「君は運がよかつたね」と云ひ、その言葉に太宰さんが一寸表情をすると、井伏さんはすかさず、「僕もよかつたがね」と云つた。私は自分が傾倒している人に対して、こんな口をきける人がゐようとは思つてゐなかつた。…

 

②段落。終戦後私は北海道へ行つたが、太宰さんが逝くなつた年の秋に、また東京に帰つてきた。その後、私はときどき清水町の井伏さんのお宅に伺ふやうになつた。そして井伏さんに親炙するにつれ、太宰さんが身につけてゐた雰囲気の幾分かは、井伏さんから伝はつたものであることを感じた。また、「井伏鱒二選集」の後記で太宰さんが云つてゐる、「さまざま山ほど教へてもらひ」ということが、よく合点がいつた。「井伏さんと対坐してゐるときほど、逝くなつた太宰さんの身近にゐる気のされることは、私にはないのである」(傍線部(1))。

 

③段落。(私は庭先から井伏の書斎に上がっていた)。

 

④段落。(井伏家の庭の様子について)。

 

⑤段落。私は書斎に上がり、井伏さんと二言三言話すと、ホッとして気持ちが寛いでくる。井伏さんの話ぶりは静かで、「こちらの気持ちが吸い込まれてゆくような感じがする」(傍線部(2))。たしか青柳瑞穂氏が書いた井伏さんの印象記であつたと思ふが、道で井伏さんに逢つたやうな場合、井伏さんはひとところに立ち止まつゐて、自分だけが歩いて近づいてゆくやうな感じがすると云つてあつたのを覚えてゐるが、井伏さんと向ひあつて話をきいてゐるときの気持がさうである。井伏さんの話には目だたない吸引力があつて、いつか自然に井伏さんの身についた雰囲気にこちらが同化されてゆくのである。井伏さんが頭で話す人でなく、気持ちで話す人だからであらう。そして、井伏さんの話は、きいてゐると、釣りのことにしろ、植木のことにしろ、または人の噂にしろ、そのままで滋味ゆたかな随筆や小品になる感じがする。

 

⑥段落。こんど私はこの訪問記を書くために、井伏をたづね、いろいろ意見を伺ったのだが、格別改まった気持ちでは質問しなかつた。いつもと同じやうに楽な気持で、記事をつくることなどは忘れて、話を聞くことが出来た。私はその日の話ばかりではなく、平素私が井伏さんについて感じてゐることを順序不同に書いて、責を塞ぎたいと思ふ。話をきいてゐたときは楽しかつたが、さてかうして筆を執つてみたら、なんだか難しい気がしてきた。「井伏さんという芳醇な酒を、私といふ水で、いたづらに味ないものにしてしまふのではないかと思ふ」(傍線部(3))。

 

⑦段落。井伏さんは五十も半ば越して、いまが男盛りである。…恰幅も立派で、てこでも動かない感じである。私などはもう少し太つて、見かけだけでも立派に見えるやうになりたいのだが、井伏さんは自分の「立派さ」を持てあましてゐるやうである。「太つてゐると、小説が下手に見えていけない」と云ふ。「芥川龍之介が人気があるのは痩せてゐたからだ」と云ふ。「殊更に自分を人に野暮つたく印象づけようとしてゐるのかも知れない。それほどに井伏さんは、いはばスマートなのである」(傍線部(4))。雨河内川かに釣りに行つたときの写真があるが、岩の上にゐて釣竿をあつかつてゐる井伏さんの姿は、軽快で、若いなあといふ気がする。そしてその衰へぬ若さは、常に井伏さんの作品の艶になつてゐる。

 

⑧段落。清水町のいまの住居は、昭和二年に建てたもので、間取りなども井伏さんの設計になるものだといふ。もう三十年近くにもなるわけである。根太がすつかり緩んでゐるので、風や地震には油断が出来ないさうである。…なによりも耐風耐震といふことが懸念されるやうな塩梅であつた。住居にあまり凝る気持はないのであらう。井伏さんの日常も、凡そ簡素を旨としてゐるやうに見受けられる。

 

⑨段落。(井伏の机、文具について。好みに執することこともない)。

 

⑩段落。(ゴッホの絵の複製も無心してきたもの)。

 

11段落。井伏さんは机のわきにある小抽斗をあけて、なにやら取り出し、私に渡して寄こした。見ると、馬糞紙(※質の悪い厚紙)でこしらえたメンコであつた。井伏さんが子供の頃に弄んだ品ださうである。こなひだ郷里へ帰つたときに、生家で見つけたのだといふ。「心が荒れてゐるときなど、こんなものを取り出して見てゐると、柔らいでくるね」と井伏さんは云つた。

 

12段落。丸メンで、表には武者絵が描いてある。私が子供の時分に流行つたものよりも、もう一つ時代がついてゐる。「見てると、私の胸の中にも、泉のやうに湧き出てくるものがあつた」(傍線部(5))。

 

問一「井伏さんと対坐しているときほど、逝くなつた太宰さんの身近にゐる気のされることは、私にはないのである」のように感じられるのはなぜか、説明せよ。(四行)

理由説明問題。もちろん井伏が死んだ太宰に重なるからで、前の二文「また」の前後、A「井伏さんに親炙するにつれ、太宰さんが身につけてゐた雰囲気の幾分かは、井伏さんから伝はつたものであることを感じた」、B「…太宰さんが云つてゐる、「さまざま山ほど教へてもらひ」ということが、よく合点がいつた」が解答根拠だというのは誰にも分かるレベル。問題は、このABは「また」でつながるから通常は並列で捉えるべきだが、この場合、実質BはAの例証と捉えるべきではないか、ということである。随想の性格上、論理的な正確さよりも思考の流れが重視されることは十分にありうることだ(言葉の問題は、往々にして蓋然性の高さで解答しなければならない)。よって「BなほどA」とまとめた。

また、傍線の「対坐しているときほど…身近にゐる気のされる」という表現に留意したい。これを理由の着地点にするならば、Aであることにより、井伏が目の前にいるのだけれども、そこに太宰がいるかのような感覚を覚えている、ということになるのではないか。この内容を解答の締めにする。

 

〈GV解答例〉
井伏に親炙するにつれ、「山ほど教へてもらひ」という言葉に合点がいくほど太宰の雰囲気の幾分かは師匠である井伏から伝わったことが実感され、井伏との対面において亡き太宰が生きてそこにいるよう錯覚されたから。(100)

 

〈参考 S台解答例〉
井伏との親交が深まるにつれ、太宰のもつ雰囲気に井伏から部分もあることをあることを感じ、また、太宰が井伏から様々な多くのことを教わっていたことが納得され、井伏の様子は筆者に太宰を思い起こさせるものであるから。(103)

 

〈参考 K塾解答例〉
井伏は、自分が傾倒していた太宰と遠慮なく口がきけるだけでなく、師匠として太宰が多大な薫陶を受け感化されてきた人物だったこともあって、井伏その人に身近に接すると太宰のことがまざまざと偲ばれてくるから。(99)

 

〈参考 Yゼミ解答例〉
筆者は生前から太宰に傾倒しており、その人柄を敬愛していたが、太宰亡き後、その師匠である井伏と二人で語るようになると、太宰の考え方や雰囲気などが、井伏から伝わったものであるということを強く感じたから。(99)

問二「こちらの気持が吸い込まれてゆくような感じがする」のように感じられるのはなぜか、説明せよ。(二行)

理由説明問題。直接理由(解答の締め)の根拠となるのは、同⑤段落「井伏さんの話には目だたない吸引力があつて、いつか自然に井伏さんの身についた雰囲気にこちらが同化されてゆくのである」(A)である。そして、直接理由の理由(根本理由)の根拠となるのは、上の記述に続く「井伏さんが頭で話す人でなく、気持ちで話す人だからであらう(B)/そして、井伏さんの話は…そのままで滋味ゆたかな随筆や小品になる感じがする(C)」である。根拠の抽出までは誰にもできるレベル、ここからが随想特有の問題だ。すなわち、含蓄のある表現の真意を読み取り、一般的な表現に直して示さなければならないのだ。

また、随想は論理の順序より思考の流れが重視されるから、特に設問要求に沿った形で論理を再構成する必要がある場合が多くなる。以上の考慮を踏まえて、「井伏の語りは滋味ゆたかな随想(や小品)のよう(C)→理よりも情に訴える(B)→よって、その雰囲気に同化される感がある(A)(→よって、吸い込まれてゆく感じ)」とまとめる。

〈GV解答例〉
井伏の語りには滋味深い随筆のように理よりも情に訴えるものがあり、その雰囲気に同化される感があるから。(50)

〈参考 S台解答例〉
井伏の静かな口調の味わい深い話に引き込まれ、筆者は井伏固有の雰囲気に自然に同化されていく気がするから。(51)

〈参考 K塾解答例〉
静かで気持ちのこもった井伏の話ぶりは、聞く者を井伏の穏やかな雰囲気に自ずと同化させていく豊かさがあるから。(53)

〈参考 Yゼミ解答例〉
理屈ではなく感情で語る、人間味あふれる井伏の話しぶりは穏やかで、自然と人を寛がせる魅力があるから。(49)

問三「井伏さんといふ芳醇な酒を、私といふ水で、いたづらに味ないものにしてしまふのではないかと思ふ」はどういうことか、説明せよ。(三行)

内容説明問題。傍線部は⑥段落の締めにあり、基本的に⑥段落(+⑤段落)を解答根拠にする、という所までは誰でも気づくレベル。この先に随想特有の問題がある。すなわち、「井伏さんといふ芳醇な酒を」(A)、「私といふ水」(B)、「味のないものにしてしまふ」(C)という比喩表現を一般的表現に直して示さなければならない。

Aについては、「記事をつくることなどは忘れて/話をきいてゐたときは楽しかつた」に加えて、「井伏さんの話は…そのままで滋味ゆたかな随筆や小品になる感じがする」(⑤段落)を参考にする。BCについては、「かうして筆を執つてみたら、なんだか難しい気がしてきた」を参考にする。これらから「芳醇な酒/井伏の滋味深い話」(A)に、「水」(B)を足したら、「聞いた時の感動も薄まる」(C)ということになろう。また、Cという帰結をもたらす「私といふ水」という比喩は、「私の書き手としての力不足」(B)を示唆しているといえるだろう。

以上より、「我を忘れて聞いた井伏の滋味ゆたかな話を(A)/自身で文章にすると力不足から(B)/直接受けた感動を薄めてしまう(C)/ことを危惧する」というようにまとめる。

〈GV解答例〉
井伏と対面し我を忘れて聞いた滋味豊かな話を、自身の文章にするとなると、力量不足から、直接受けた感動を逆に薄めて読者に伝えるのではと危惧するということ。(75)

〈参考 S台解答例〉
そのままで豊かな味わい深い作品になると感じられる井伏の話は、筆者が文章にすると、その魅力を減じ、無駄につまらないものになると、筆者が恐れているということ。(77)

〈参考 K塾解答例〉
豊かな文学性につらなる井伏の話の妙味や、気持ちをくつろがせるその人となりを、味気ない自分の言葉では伝え切れないのではないかと危惧しているということ。(79)

〈参考 Yゼミ解答例〉
井伏鱒二は奥深く豊かな魅力をもった人間なのに、凡庸な作家である自分が彼を描写することによって、その魅力を損ねてしまうのではないかと危惧されるということ。(76)

問四「殊更に自分を野暮つたく印象づけようとしてゐるのかもしれない。それほどに井伏さんは、いはばスマートなのである」はどういうことか。(四行)

内容説明問題。「野暮つたく印象づけようとしている(A)→それぼどに(B)→スマート」と骨格を取り出してみる。その場合、BがAをそのまま承けるとして、「野暮つたく印象づけようとするほどに→スマート」としても意味が通じにくい。AとBの間にワンクッションはさむ必要がありそうだ。

それでは、なぜ野暮ったく印象づけようとするのか。それがなぜ、スマートといえるのか。傍線のある⑦段落の内容は、筆者から見て井伏がどれほど魅力的(スマート)かを説明した部分である。それを井伏自身は、「太つてゐると、小説が下手に見えていけない」「芥川龍之介が人気があるのは痩せてゐたからだ」(傍線前の二文)と言うのだが、そうして「野暮つたく印象づけ」ないとバランスがとれない、むしろ嫌味にみえるほどに(B)、井伏が「スマート」(洗練されて魅力的)と筆者は見ているのであろう。

以上より、「自分を謙遜し洗練されていないように表現しなければ嫌味に映るほど、井伏はスマート」とし、後は「スマート」を⑦段落から具体化すればよい。「立派な恰幅、それにも収まりきれないほどの内面的な魅力」とした。

〈GV解答例〉
自己をへりくだり洗練されていないかのように表現しなければ相手に嫌味に映るほど、井伏の立ち居振る舞いには、対面する者を圧倒するような立派な恰幅にも収まりきれない、内面からにじみ出る魅力があるということ。(100)

〈参考 S台解答例〉
五十半ば過ぎで男盛りの井伏は、男である筆者から見ても風貌に魅力があり、恰幅も立派で、衰えぬ若さも備えている自分をもてあまして、他人に対してあえて洗練されていない自分を示そうとしていると筆者には思えるということ。(105)

〈参考 K塾解答例〉
五十半ばをすぎた男盛りの立派な風貌を誇るどころか、それを持てあましているかのように卑下する井伏だが、それが意識的な韜晦だと感じさせるほど、身のこなしや作品には衰えぬ若々しさと洗練が感じられるということ。(101)

〈参考 Yゼミ解答例〉
井伏の体躯は、筆者から見れば渋くて立派なものであったが、彼は自分をわざと野暮ったく見せることで自身の秀でた点を目立たなくさせ、滲み出る貫禄を隠そうとする、非常に賢く洒落た人物であるということ。(96)

問五「見てると、私の胸の中にも、泉のやうに湧き出てくるものがあつた」はどういうことか、説明せよ。(四行)

内容説明問題。「見てると」とは何を? 井伏が子供の頃に弄んだという「丸メン(丸いメンコ)」である(A)。「私の胸の中にも」と並列の関係にあるのは? 当然「井伏の胸の中に」である。その「私の胸の中にも」、ということは元は「井伏の胸の中に」「泉のやうに湧き出してくるもの」というのは何がか? それは前の井伏の言葉にある「心が荒れてゐるときなど、こんなものを取り出して見てゐると、柔らいでくるね」が根拠になる。つまり、「こんなもの=子供の頃に弄んだ丸メン」から想起される子供の頃の情景や童心、それが心を「柔いで」くれるものとして自然と蘇ってくるのである(B)。

加えて「心が荒れてゐるとき」というのは、どんな時か? これについての直接の言及はないが、本問の直接の根拠となる場面(11・12段落)の前の⑧〜⑩段落は井伏の住まいや暮らしぶりについての記述だった。これによると、東京清水町の古い住居に住み、持ち物も含めて、井伏は簡素を旨とし、好みに執することのない生活をしているように伺える。ただ、古い住居なので風や地震ばかりは心配のようであった。そうしたのどかな生活で「心が荒れ」るとするなら、それは日々の生活で避けられない喧騒や不安というところだろう。それは同じく都市に住む筆者にも重なるものであるはずだ(C)。

以上、ABCを中心に解答を構成すると、「井伏が子供の頃に弄んだ丸メンを見(A)+井伏の言葉を聞いたことで/一世代後の(←「もう一つ時代がつゐている」)筆者にも/子供の頃の情景や童心が自然と蘇り(B1)/日々の喧騒や不安を忘れ(C)/心が柔いでくるものがある(B2)」となる。

〈GV解答例〉
井伏が子供の頃弄んだという粗雑な丸メンを手に取り見ていると、井伏の言に促されて一世代後の筆者にも、子供の頃の情景と童心が自然と蘇ってきて、日々の喧騒や不安を忘れて心が柔らいでくるものがあるということ。(100)

〈参考 S台解答例〉
井伏が子供の頃に弄んだ、筆者が子供の頃に流行ったものよりもさらに年代もののメンコを見ていると、郷里で過ごした子供時代を思って慰められる井伏の安らぎが筆者にも感じられ、心が満たされる気がしたということ。(100)

〈参考 K塾解答例〉
身の回りのことに拘泥せず簡素に暮らしている井伏が、子供の頃に遊んだ古びた玩具に気持ちを和ませているさまに接すると、井伏の素朴な安らぎに自分も引きこまれ、幼児の記憶があれこれと豊かに想起されるということ。(101)

〈参考 Yゼミ解答例〉
井伏に同調して、私も子供時代に対する懐かしさを覚えると同時に、愛着を抱いた古いメンコを大切にしながらも、住居や調度品などにはこだわらない、飾り気のない井伏の人柄に親しみや敬愛の念を覚えたということ。(99)