〈本文理解〉

出典は阿部昭『短編小説礼賛』。京大では馴染みの「内向の世代」の作家である(小川国夫「体験と告白」(2020出題)、古井由吉「影」(2018出題)、黒井千次「聖産業週間」(2016出題))。
 
①段落。英語には”To cut a long story short”(かいつまんで話すと)とか、”Please make your story short”(手短かに言って下さい)とかいう言い回しがあるらしい。…
 
②段落。しかし、「ただ長い話を短くしたものが短編ではない」(傍線部(1))。…短いというのは、話の長短よりもむしろ文章の性質からくる。書き出しの一行が、あるいは一節がその作品のスタイルを決定するとよく言われるが、 十枚で完結すべき物語はすでにその分量に相応した文章の調子を持っている。…「汝のストーリーを短くせよ」と言われなくても、それ以上長くも短くもなりようがないのが作品の正しい寸法である。
 
③段落。短編では、「この物語を始める前に」だの、「先刻もちょっと触れておいたが」だの…悠長なことはやっていられない。…説明や注釈にも頼れない。となると、残るはイメージしかない。具体的な物の形や印象を、手早く読者の脳裏に焼きつけなくてはならない。
 
④段落。チェーホフが、彼に恋した作家志望の人妻アヴィーロワに語ったという「生きた形象から思想が生まれるので、思想から形象が生まれるのではない」という言葉は有名である。長編と短編を器用に書き分けている「現代イタリアの作家モラヴィアが、短編を抒情詩に近いとし、長編を評論や哲学論文になぞらえているのもその辺を衝いたものであろう」(傍線部(2))。
 
⑤段落。もっとも、私のこういう言い方は実は本末転倒で、短編の作者はもともとイメージで語るのが得意なのだ、その反対は苦手なのだ、と言うほうが本当かもしれない。彼の書くものが短いのは、イメージというものはそうそう引き伸ばせないからである。…
 
⑥段落。イメージという言葉を言い替えようとすると、どうもぴったり行かなくて不便である。…
 
⑦段落。1890年代…フランスではルナールが故郷の田園を再発見しつつあった。…「彼」は朝早く起きて、一日野づらや川辺や林の中を歩き回り、至るところでイメージを採集する。そして、日が落ちると家に帰って、明かりを消し、眠る前に長いことかかってそれらを反芻する。「イメージは、思い出すままに、素直によみがえる。一つが別の一つを呼び覚まし、そして燐光を発するイメージの群がりが、新しくどんどん増え広がって行く。ちょうど、一日じゅう追い散らされていた鷓鴣の群れが、危険も去って夕べの歌をうたい、畑のくぼみでお互いに呼び交わしているようなものだ」。
 
⑧段落。田園風景にことよせた一つの喩えであるが、自分の文章はこんなふうにして生まれるのだと言っているのであろう。作家の目はレンズであると同時に対象をとらえる網でもある。「文章でも写生ということがよく言われるが、その喩えはむしろ誤解を生みやすい」(傍線部(3))。書くためには記憶というフィルターと、回想できるようになるまでの十分な時間が必要である。
 
⑨段落。ルナールで最も知られている『にんじん』は、それ自体がごく短い短編である章を50近く並べたもので、筋といってはあまりない。…ルナールは24歳で17歳のパリジェンヌと結婚し、奥さんは翌年彼の郷里で長男を生む。その際、実家の母親が愛妻につらく当たるのを見ているうちに、自分の子供時代のことを少しずつ思い出して行ったらしい。…
 
⑩段落。その第一話『めんどり』は、この本を一度でも読んだ人、読みかけた人なら…すぐに思い出されるであろう。にんじんが母親に鳥小屋の戸を閉めにやらされ、寒いのと怖いのとで震えながら闇を突っ切って行き、無事任務を果たして凱旋の気分で戻るが、誰にも褒めてもらえない。どころか、母親に「これから毎晩、お前が閉めに行くんだよ」と言われる。
 
⑪段落。この章は短編小説ならば満を持して書き起こすところであろう。だが、『にんじん』という作品は…あちこちに書いた小品の寄せ集めである。『めんどり』以前に書いたものすら入っていて、全然執筆順ではない。作者が巻頭には…ぜひともこの『めんどり』を配したいと考えたのは、「彼一流の計算があってにちがいない」(傍線部(4))。
 
⑫(段落。…『にんじん』一巻が『めんどり』で始まるのはいかにも適切で、作者のアレンジの妙であり、かつまた読者への親切である。それは一編の挿話でありながら、要領のいい人物紹介を兼ねている。そればかりか、各人物のこの物語における位置や役割や相互の関係といったものを一挙に示す、わかりやすい見取り図にもなっている。しかも、抜け目のない作者は只の一語も紹介や説明の労をとるわけではない。人物一人一人に、いわば順番に自己紹介をさせるだけである。何によってかといえば、会話によってである。…
 
⑬段落。小説の描写というと、われわれはとかく風景描写とか心理描写とかを考えて、会話も描写であることを忘れがちである。しかも、会話ぐらい直接的、具体的、即効的にその人物を表現してのけるものはない。初対面で予備知識がなくても、口の聞き方一つで相手のことがわかるようなものである。ルナールがこういう書き方を選んだのは、会話こそ自分の最強の武器であることをよく心得ていたからであろう。
 
 

〈設問解説〉 問一「ただ長い物語を短くしたものが短編ではない」(傍線部(1))について、筆者はなぜこのように述べているのか、説明せよ。(三行)

理由説明問題。「Xではない」理由を答える場合は、そのXと対比的なYを挙げて理由に充てればよい。本問の場合、「短編小説とは、(本来的に)Yである(→よって、ただ長い物語を短くしたものではない)」という形で、着地点を意識しながら、筆者の考える短編小説の本来的な性格Yを指摘するとよい。
Yを説明する場合、③段落以降の「イメージ」性についての記述を解答に含めるか迷うが、一つは叙述の順序という視点から、もう一つは他設問との範囲の分担という視点から、その記述は次問に譲ることにする。そこで、解答範囲を②段落に絞り、「文章の性質」(イメージ性)→「文章の調子」→「正しい寸法」(分量)という軸でまとめる。「書き出しの一行が、あるいは一節がその作品のスタイルを決定する」「それ以上長くも短くもなりようがない」と記述も踏まえ、下のように解答した。
→「至高の現代文/解法探究29」「20. ないある変換」参照
 
 
〈GV解答例〉
短編小説とは、書き出しの地点からその文章の性質に相応しい固有の調子を備えており、それ以上長くも短くもなりようがない必然的な分量に定まる作品であるから。
(75)
 
〈参考 K塾解答例〉
長編作品の要約が単なる断片の集合であるのとは異なり、短編は、作者の捉えた具体的なイメージを過不足ない分量で緊密に表現した文章の調子を持つものだから。(74)
 
〈参考 T進解答例〉
短編は、長編をただ要約したものではなく、文章の調子に相応した分量で作られているもので、完結した作品はそれ以上長くも短くもできない性質のものだから。(73)
 
 

問二「現代イタリアの作家モラヴィアが、短編を抒情詩に近いとし、長編を評論や哲学論文になぞらえているのもその辺を衝いたものであろう」(傍線部(2))は短編と長編のどのような相違を述べたものか、説明せよ。(三行)

内容説明問題(対比)。傍線部のある④段落と前段から短編と長編の相違点を的確に指摘する。短編については「抒情詩(x1)/生きた形象(x2)/イメージ、具体的な物の形や印象(x3)/手早く読者の脳裏に焼きつけ(x4)」、長編については「評論や哲学論文(y1)/思想(y2)/説明や注釈(y3)/悠長(y4)」を参照する。大切なのは、最終的に傍線部自体の要素(x1/y1)を、その語義と矛盾しないように説明できているかどうかである。間違っても上記の要素を羅別するだけで満足してはならない。解答は以下の通り。各要素をどう活かしたか、対比をいかに強調したかにも着目してほしい。
 
「短編は/作家の着想を(x2)/象徴的なイメージとして(x1,x3)/読者に即効的に印象づけるものだが(x4)//長編は/言語的な構築物を(y2)/論理的な手法を介して(y1,y3)/物語るものだ(y4)/という相違」。
→「至高の現代文/解法探究29」「10. 対比の基本形式」参照
 
〈GV解答例〉
短編は、作家の着想を象徴的なイメージとして読者に即効的に印象づけるものだが、長編は、言語的な構築物を論理的な手法を介して読者に物語るものだという相違。(75)
 
〈参考 K塾解答例〉
短編は、具体的なイメージを鮮やかかつ簡潔な表現で読者に素早く印象づけようとするが、長編は、抽象的な思考に基づく展開を読者にじっくり理解させようとする。(75)
 
〈参考 T進解答例〉
短編は作者がイメージによって、具体的な物の形や印象を手早く伝えるもので、長編は作者が説明や注釈などを用いて、形象から生み出した思想を伝えるものである。(75)
 
 

問三「文章でも写生ということがよく言われるが、その喩えはむしろ誤解を生みやすい」(傍線部(3))について、筆者はなぜこのように考えるのか、説明せよ。(四行)

理由説明問題。主題である「(短編)小説」と「写生」との矛盾点を指摘すればよいだろう。「むしろ」という表現を踏まえれば、「写生」に一定の意義を認めた上で、その喩えが「小説」を正しく理解する上で「誤解」をもたらす、というニュアンスも解答に反映させておきたい(a)。
 
その上で、ポイントは二つ。一つは「写生」という術語の説明は省かれている、すなわち自明とされていることである。こうした場合、術語の一般的な意味を、文脈と矛盾しない形で(本問では「作家の目はレンズである」という表現との対応を意識する)明示する必要がある。ここでは、「写生」=「対象をあるがままに描くこと」と規定しておく(b)。もう一つは、「小説」のどういう性質が「写生」と相容れないのか、という点。この要点自体ははっきりしている。すなわち傍線部前後の「(作家の目は)対象をとらえる網」「記憶というフィルター」という要素であるが、この比喩表現を一般化して示す必要がある。「網」にしても「フィルター」にしても、そこを通過するあるものはとどめ、あるものは漏らすものである。この理解を踏まえるならば、「小説」は「写生」と異なり、対象を捉えた後、「回想できるようになるまでの十分な時間(⑧末尾)」の間、記憶による取捨選択を受け、それで残った要素を素材として構成される、ということになる(c)。
 
以上の理解を次のようにまとめる。「対象を見たままに描くという写生は(b)/文章を書く上での重要な技法だが(a)/その対象を捉えた後、回想できるまでの十分な時間の中で、記憶による取捨選択を経た要素を元に描かれるという小説の実際に(c)/矛盾する面があるから」。
→「至高の現代文/解法探究29」「2. 術語の語義への配慮」参照
 
 
〈GV解答例〉
対象を見たままに描くという写生は文章を書く上での重要な技法だが、その対象を捉えた後、回想できるまでの十分な時間の中で、記憶による取捨選択を経た要素を元に描かれるという小説の実際に矛盾する面があるから。(100)
 
〈参考 K塾解答例〉
あるがままの現実をすぐさま表現する「写生」とは異なり、実在であれ心象であれ作家が捉えたイメージが、いったん記憶されて蘇り鮮やかな広がりをもつ文章になるには、それが醸成するまでの十分な時間が必要だから。(100)
 
〈参考 T進解答例〉
文章を書くためには、目で捕らえた対象を記憶として捉えなおし、回想してイメージとして表現できるようになるための十分な時間が必要であり、目に見えたありのままを即座に表現しようとするものが文章ではないから。(100)
 
 

問四「彼一流の計算があってにちがいない」(傍線部(4))について、筆者はなぜこのように考えるのか、後の二つの段落を踏まえて説明せよ。(四行)

理由説明問題。傍線部を一文に延ばして考えると、作家ルナールが短編の巻頭に『めんどり』を配したのは、一見必然性を欠いているようで、実は「彼一流の計算があってにちがいない」と筆者は見なす、ということである。その理由を聞いているわけだが、設問の指示に従い「彼一流の計算」と筆者が考える要素を、傍線後の⑫⑬段落から抜き出して適切にまとめればよい。といっても筆者はここで「かつまた」「そればかりか」「しかも」(×2)といった添加の接続表現を重ねて用い、「計算」要素を列挙するので、それに倣って解答を作成するならば字数は到底間に合わないし、とっ散らかった解答になる。必要な要素をカバーしながら、どう秩序づけるかの腕が試されている。
 
まず『めんどり』をあえて巻頭に配する「計算」の狙いは純粋に作家性に基づくものと考えるのが妥当だろう。つまり、物語作家として、作品世界をいかに伝えるかが「計算」の中心にあって然るべきである(特に断りがないならば)。ならば全ての「計算」要素は「読者への親切」(⑫)、すなわち「読みの便宜を図ること」に収束するはずである。ここを理由の締めと定めるならば、その前に来るのは「会話によって/各人物のこの物語における位置や役割や相互の関係といった/見取り図を/一挙に示す」(A)(⑫)という内容、つまりAすることで「要領」よく(⑫)「読みの便宜を図かっているから」、作家「一流の計算」が見てとれる、とまとめられる。そしてその「会話」の描写というのは「最強の武器である」と作家自身よく心得ているのである(⑬)。これも「計算」のうちだからAの修飾に加える。他に、⑬段落から会話の「直接的、具体的、即効的」な特性も拾うことができるが、これは「一挙に」「要領よく」という表現で代替できているだろう。解答は下の通り。
→「至高の現代文/解法探究29」「18. 着地点からの逆算」参照
 
 
〈GV解答例〉
一見必然性のない『めんどり』を短編の始めに置くことで、自身の最強の武器である会話描写を通して短編全体における登場人物の位置や役割、相関といった見取り図を一挙に示し、要領よく読みの便宜を図っているから。(100)
 
〈参考 K塾解答例〉
『めんどり』は、登場人物の会話によって各人物像や人間関係が明示されており、小品を集めた『にんじん』を読む際の導入にふさわしいだけでなく、会話による描写を得意とするルナールのスタイルをも印象づけるから。(100)
 
〈参考 T進解答例〉
『めんどり』という一編の挿話を冒頭に配置することで、『にんじん』という物語全体における各人物の位置や役割や相互の関係といったものが、登場人物の会話によって直接的、具体的、即効的に、読者に示されているから。(102)
 
 

問五 筆者の考えでは、優れた短編はどのように生み出されるのか、本文全体を受けて説明せよ。(五行)

内容説明問題(主旨)。文系専用の付加問題であることもあり、全設問の総合で解答要素の重なる面があるが、全文を見渡し要領よくまとめる力が求められている。キーとなるのは、本文叙述の順に従うと「短編の性質と分量」(問一)→「イメージ性」(問二)→「記憶と回想」(問三)。解答は、優れた短編が生み出される順序、「イメージ性」→「記憶と回想」→「短編の性質と分量」という流れを、「(優れた短編は)〜生み出される」の間に挟み込むとよい。
このうち「イメージ性」については、前問までで解答要素に含まれていない⑦段落の記述とルナールからの引用を中心にまとめる。筆者は⑦段落以降、ルナールに依拠して論を展開するわけだから、ルナールの姿勢に「優れた短編」が生み出されるあり方を看取していると考えてよいだろう。「「彼」は…一日野づらや川辺や林の中を歩き回り、至るところでイメージを採集する」「(イメージは)一つが一つを呼び覚まし…新しくどんどん増え広がって行く…お互いに呼び交わしているようなものだ」という記述を踏まえ、「作家が世界に向き合い/イメージを採集・集積し/それらが相互に共鳴し合いながら増幅され」とまとめた。
解答は下の通り。「直接的・具体的・即効的」は、短編の性質として最終⑬段落の表現を利用した(前問で使えなかったので)。
→「至高の現代文/解法探究29」「5. 経緯の説明」参照
 
 
〈GV解答例〉
優れた短編は、作家が世界に向き合いイメージを採集・集積し、それらが相互に共鳴し合いながら増幅され、記憶の中で取捨選択を受け、時宜を得て回想されたものが素材となり、それらが冗長な叙述ではなく、直接的・具体的・即効的に作家に表現されることで生み出される。(125)
 
〈参考 K塾解答例〉
作者が捉えた現実世界や心象の生き生きとしたイメージを、じっくり時間をかけて反芻し回想することで豊かな内実をもつものへと高め、それを読者に素早く印象づけるためにも、直接的な会話などのように、作品固有の調子にふさわしい簡潔で凝縮した表現により生み出される。(126)
 
〈参考 T進解答例〉
作家が十分な時間を掛け、対象を記憶として捉えなおし、回想することによって、具体的な物の形や印象をイメージとして読者の脳裏に表すために、会話などの直接的、即効的な表現を用いて、完結すべき物語の分量に相応した文章の調子で書くことによって生み出される。(123)