〈本文理解〉

〈本文理解〉
 
出典は米原万里のエッセイ「前門の虎、後門の狼」。筆者はロシア語通訳者でエッセイスト。
 
①段落。通訳の使命は究極のところ、異なる文化圏の人たちを仲介し、意思疎通を成立させることに尽きる以上、両者がいかなる文脈を背景にしているかを事前に、そして通訳の最中も可能な限り把握し、必要ならば字句の上では表現されていない、その目に見えない文脈を補ってあげなければならない。
 
②段落。しかしながら、それは極度に狭められた時間的制約の中で行われることを常とする。…
 
③段落。…最近のロシアの改革に関する会議で、日本側の著名な学者が、「今のロシアの改革の到達レベルは、大政奉還は済んだけれど、廃藩置県はまだ終わっていないというところですかな、ハハハハ」と発言して、「同時通訳ブースにいた私は往生した経験がある」(傍線部(1))。
 
④段落。同時通訳ならば、原発言者がしゃべっている時間がすなわち通訳に与えられた時間であるし、逐次通訳の場合は、理想的な通訳時間は原発言者が使った時間の80%といわれているのだ。…
 
⑤段落。しかも、そもそも「ん」以外には、子音が母音なしで存在し得ない日本語は、外国語をそのまま訳すると、むやみやたらと時間がかかる。…
 
⑥段落。漢字の音読み言葉にすると、情報量の多い割に、時間的嵩がコンパクトになる利点があるが、耳から聞いたとき、音読み言葉は伝わりにくい。通訳にとっては、聞き手に伝わり理解されてこそ使命は完遂するのだから、どうしても耳から聞いて分かりやすい大和ことば系の表現を多用しがちになる。
 
⑦段落。というわけで、「まさに前門の虎、後門の狼」(傍線部(2))。虎は「異文化間の溝を埋めよ、文脈を添付せよ」と眼を光らせているし、狼は「極力、訳出時間を短縮せよ」と容赦なく迫ってくる。虎の要求にそおうとすると、時間を喰い、狼のいうとおりにすると、文脈を添える余裕がなくなる。
 
⑧段落。13年前、初めて同時通訳の仕事を引き受けたときのこと。いざ本番に入ると、どうしても発言者のスピードに訳がついていけない。「こんなことは不可能だ」と思い、気がつくと、私はヘッドフォンをはずして、同時通訳ブースを飛び出してしまっていた。
 
⑨段落。師匠の徳永氏が追いかけてきて、ポンと肩を叩くと、「万里ちゃん、全部訳そうと思うから大変なんだ。分かるところだけ訳していけばいいんだよ」と言ってくれた。「そうか、全部訳さなくていいのだ。それに、そもそも分かるところしか訳せないのは、アッタリマエではないか」とすっかり肝っ玉が据わってしまった私は、その日、経験豊かな二人の先輩に支えられながら、なんとか無事に通訳を終えることができた。
 
⑩段落。徳永氏には、今まで私の角膜あたりに張りついた鱗をずいぶん取り払っていただいたが、「このときの戒めには、とくに感謝している」(傍線部(3))。というのも、私はかなり語り口がスローモーで、つまり時間単位あたりの言葉の量がもともと少ない、その意味では通訳に向かないタイプなのである。…スピードの速い人は、ペースを落とすこともできるが、私のように遅い者が、ペースをあげるのは不可能なのだ。
 
⑪段落。要するに、残る手段は、省略。余分な言葉を極力排除する以外にない。しかも言葉の量は少なくとも、情報量は減らさないこと。では、一体何が省略可能で、何を省略してはいけないか。どうでもいい枝葉末節にこだわって、大事な情報を落としてしまうような省略では困る。
 
 

〈設問解説〉
問一「同時通訳ブースにいた私は往生した経験がある」(傍線部(1))について、「日本側の著名な学者」の発言によって、なぜそのような状態になったのか、説明せよ。(四行)

理由説明問題。①②段落にある通訳の使命と困難さ(A)、それに対し当の発言のどのような性質(B)が通訳を担当した筆者を「往生」させた=困り果てさせたのか、を答えればよい。
 
Aについては、まず通訳の使命は「異なる文化圏の人たちを仲介し、意思疎通を成立させること」である(a)。そのために「両方がいかなる文脈を背景にしているか」を把握し、必要ならば「目に見えない文脈を補ってあげなければならない」(b)。そしてそれを「極度に狭められた時間制約の中で行わ」ねばならないのである(c)。
 
それに対してB。当の発言は「今のロシアの改革の到達レベルは、大政奉還は済んだけど、廃藩置県はまだ終わっていない」というものだが、ここの「大政奉還」や「廃藩置県」の意味するところは自国の歴史を学んだ日本人ならある程度自明かもしれない。しかし、その文脈を共有するはずのない一般的なロシア人にそれを説明するのは、即時性を求められる通訳の現場においては(c)、ほぼ不可能なことだろう。すなわち「大政奉還」「廃藩置県」という歴史用語は、日本の文化に深く根づいて自明とされる、その意味で文脈依存度の著しい言葉であり、それを通訳の場で即時に説明することは、筆者の能力を超えると思われたのである(d)。
 
以上より「異文化間の意思疎通を成立させるという通訳の使命を果たす上で(a)/双方の文脈の違いを踏まえて(b)/即時に(c)/言葉を補う必要もあるが(b)/当の発言の文脈依存度は筆者の能力を超えて著しく、その役割を果たせそうになかったから(d)(→往生する)」と解答した。
→「至高の現代文/解法探究29」「4. 具体例の利用」
 
 
〈GV解答例〉
異文化間の意思疎通を成立させるという通訳の使命を果たす上で、双方の文脈の違いを踏まえて即時に言葉を補う必要もあるが、当の発言の文脈依存度は筆者の能力を超えて著しく、その役割を果たせそうになかったから。(100)
 
〈参考 S台解答例〉
日本の歴史理解を背景とした発言であったため、意図を外国人に説明するには文脈を補うべきであるが、同時通訳に与えられた時間的制約の中ではどうにも説明時間が確保できないと思われたから。((89)
 
〈参考 T進解答例〉
通訳はその使命たる、異文化間における意思疎通の成立のために、異なる文化背景を考慮して、必要な補充を行いつつ翻訳するが、日本の文化背景に深く依存した比喩的な発言に直面して、その意を汲みつくした通訳が、時間制限の厳しい同時通訳にあっては不可能と思われたから。(127)
 
 

問二「まさに前門の虎、後門の狼」(傍線部(2))について、筆者はこの状況に対処するにはどうしたらよいと言っているのか、説明せよ。(四行)

内容説明問題。「前門の虎」は「異文化間の溝を埋めよ、文脈を添付せよ」、「後門の狼」は「極力、訳出時間を短縮せよ」という通訳上の要求(⑦)。問題は、その二律背反的な状況にどう対処すべきと筆者が言っているか、ということである。その対処法についても、師匠の徳永氏の言葉「全部訳そうと思うから大変なんだ(a)。分かるところだけ訳していけばいいんだよ」に集約されると見抜くことはできるはずだ。
 
なるほど、これならば「狼(=時間)」からは逃れることができる。しかしこれでは「虎(=内容)」のいい餌食である。まさかそのまま「分からないところは訳さない」と取ってはならないのである。「分からない」にもレベルがあり、「分からない」ものを何でも放置してよいわけがなかろう。そこで⑪段落「残る手段は、省略。…一体何が省略可能で、何を省略してはいけないか。どうでもいい枝葉末節にこだわって、大事な情報を落としてしまうような省略では困る」。ここから「重要な部分と枝葉末節を区別し、前者を訳す(b)」とまとめることができる。これなら「狼」に追われず「虎」も納得してくれよう。
 
次に本文冒頭「…両方がいかなる文脈を背景にしているかを事前に、そして通訳の最中も可能な限り把握し…(c)」という記述。確かに「通訳の最中」は「狼」に追われることとなるが、事前学習なら「狼」も追ってこないし、「分かること」を増やし「虎」を満足させることにもつながる。さらに傍線部の前文「通訳にとっては、聞き手に伝わり理解されてこそ使命は完遂するのだから、どうしても耳から聞いて分かりやすい大和ことば系の表現を多用しがちになる(d)」。これについては「狼」に追われながらも「虎」の要求を満たすように努力しなければならない要素。また⑨段落「その日(初めて同時通訳を引き受けた日)、経験豊かな二人の先輩に支えられながら、何とか無事に通訳を終えることができた(e)」も参照。同時通訳は複数で行うことが多く「分からない」箇所があっても協働者を頼ることもできる。これにより自力で無理な場合も「虎」と「狼」から逃れられる。
 
以上より「事前に分かる範囲で文脈の違いを把握した上で(c)/通訳の最中は限られた時間の中で全部訳そうとはせず(a)/重要な情報と枝葉末節を区別し(b)/前者を聞き手に伝わる表現で訳し(d)/場合によっては協働する通訳者を頼ればよい(e)」と解答した。
→「至高の現代文/解法探究29」「16. 両面性への配慮」
 
 
〈GV解答例〉
事前に分かる範囲で文脈の違いを把握した上で、通訳の最中は限られた時間の中で全部を訳そうとはせず、重要な情報と枝葉末節を区別し、前者を聞き手に伝わる表現で訳し、場合によっては協働する通訳者を頼ればよい。(100)
 
〈参考 S台解答例〉
文化的背景を補いつつ、時間はかさむが理解の容易な大和言葉を用いて音韻上時間のかかる日本語への訳出時間を短縮するという難題を解決するには、余分な言葉を省略し重要な情報を減らさず伝えるのがよい。(95).
 
〈参考 T進解答例〉
文化的背景を補充しつつ訳出時間を極力短縮するという矛盾した要求に同時に応えるためには、理解した内容を踏まえて、徹底的に省略を行って余分な言葉を排除しつつ、しかも言葉は減っても、重要なポイントを確実に捉えて原発言の情報量は減らさないような翻訳を行えばよい。(127)
 
 

問三「このときの戒めには、とくに感謝している」(傍線部(3))について、その理由を説明せよ。(五行)

理由説明問題。もちろんこのときの戒めとは、師匠の徳永氏の「全部訳そうと思うから大変なんだ。分かるところだけ訳していけばいいんだよ」。この内容については問二で吟味したので、ここでは踏み込まない。筆者はこの言葉を「そうか、全部訳さなくてもいいのだ。それに、そもそも分かるところしか訳せないのは、アッタリマエではないか」と受け止め、「すっかり肝が据わっ」て無事初めての同時通訳を終えたのであった(a)。加えて、傍線部直後「というのも、私はかなり語り口がスローモーで(b)…通訳には向かないタイプなのである(c)」という自己認識。両者を合わせると、傍線部の直接理由は「「全部訳さなくていい」と言う戒めは(a)/話す速度が遅いため(b)/通訳には不向きだと考えていた筆者に(c)/通訳として生きる指針を与えたから(a)(→とくに感謝している)」となる。
 
では、なぜ「スローモー」な性格が「通訳」に向かないのか(間接理由への遡及)。これについては、①〜④⑦段落で述べられる通訳の二律背反的な性格、また⑤⑥段落で述べられる通訳(音声化)に時間を要する日本語固有の性質(d)(→よって「スローモー」だと余計に「狼」の餌食になる)を指摘すればよい。以上より「発言者の話す速度内で(④)/異文化間の文脈の違いを踏まえて双方の意思疎通を図る(①)/両立困難な通訳の性質(⑦)、音声化に時間を要す日本語(d)、話す速度が遅い自らの性格で(c)、通訳には不向きだと考えていた筆者に(b)/「全部訳さなくていい」という戒めは通訳として生きる指針を与えたから(a)」と解答した。
→「至高の現代文/解法探究29」「21. 根本理由への遡及」
 
 
〈GV解答例〉
発言者の話す速度内で異文化間の文脈の違いを踏まえて双方の意思疎通を図る両立困難な通訳の性質、音声化に時間を要す日本語、話す速度が遅い自らの性格で、通訳には不向きだと考えていた筆者に、「全部訳さなくていい」という戒めは通訳として生きる指針を与えたから。(125)
 
〈参考 S台解答例〉
すべてを訳さず分かるところだけ訳せばよいという師の教えは、文脈を補いつつ時間的制約の中で意思を疎通させることが自身の遅い口調のために一層困難だと感じていた筆者を勇気づけ、スピードをあげなくても可能な通訳の極意を知る契機ともなったから。(117)
 
〈参考 T進解答例〉
全部を訳さずともわかるところだけ訳せばいいという師の教えによって、もともと話すのが遅くて単位時間あたりの言葉の量が少なく、本来通訳者向きとは言えない筆者は通訳がいかなるものであるかという本質を悟り、通訳として直面していた、文脈的補充を制限時間内に行うという困難な状況を乗り切る確かな精神的な支えをも得られたから。(156)