問 右の文章を要約しなさい(200字以内)。

出典は中埜肇『人間と空間』(1976)。
 
 
要約問題は、形式に則った客観的な読み取りと、そこから得られる内容理解と本文構造に即した表現力を問うものである。その点で、現代文における学力がストレートに試されているといえる。したがって、一橋大学の受験生でなくとも、100字~200字程度の要約をして的確な添削指導を受けることは、学力養成の良い機会となるだろう。
要約作成の基本的手順は、以下の通り。
 
1️⃣ 本文の表現に着目して重要箇所を抽出する(ミクロ読み)。
2️⃣ 本文をいくつかの意味ブロックに分けて、その論理構成を考察する(マクロ読み)。
3️⃣ 本文の論理構成に基づき、要約文の論理構成の骨格を決める(例えば、本文が2つのパートに分かれていれば、要約文も原則2文で構成するとよい)。
4️⃣ 骨格からもれた付加要素を、構文を崩さない程度に盛り込んで仕上げとする。
 
 
1️⃣ ①段落。人間の生涯を考えてみると、それはまず誕生に始まり、成長と成熟の過程を経て生殖を行い、そして老衰の後に死を迎える。個別的な例外は別として、こういう一般的な過程を見る限りにおいて、他の動物(どころか生物一般)の一生もほとんど同じである。つまりこのプロセスは人間と他の生物に共通する自然の現象的な事実である(a)。そして私たちの高度に複雑な生活も、最も基礎的なレベルでは、こういう生物学的な事実に根ざしていることは否定できない(b)。…そのことは、端的に言って、食欲と性欲とがなければ、私たちの生存が成り立たないということからも明らかである。この二つの欲望は人間が生きるための最も基本的な要因であると同時に、それらは、それ自体としては、人間と他の動物に共通するものであり、人間が動物にほかならないことの証しであるとも言える(c)。言い換えると、事実のレベルで考えるかぎり、人間は他の動物とはなんら異なるところがないと言ってよい。それにもかかわらず、実際には人間の生活と他の動物の生存とは明らかに大きく違っている(d)。…
 
②段落。ではそのように人間を他の動物から区別する独自性とは何であろうか(e)。もちろんこういう問いに対しては、直立二足歩行とか、火や言葉を使用するとか、技術を用いて労働するとか、さまざまの答えが与えられるであろう。…しかし、ここでは、人間の生き方は事実のレベルにとどまるものではないということをもって答えとしたい。つまり人間は単なる事実のレベルだけでなく、そのうえに別のレベルの生き方を持っているということである(f)。
 
③段落。例えば人間の生涯の出発点である誕生について考えてみても、それはたしかに受胎・妊娠・出産という生理的な現象(つまり事実)を核心に持っていることは言うまでもない。しかし、私たちがよく知っているように、人間の誕生は明らかにそれだけのものにはとどまらない。すでに受胎の事実が知られたときから、本人はもとより周辺のひとびとの心に喜び・不安・期待・願望などの情念が生起し、それに伴ってさまざまの個人的・社会的な行動が喚起されることによって、受胎という生理的な事実にさまざまの意味づけがなされる。…そしてこのような意味づけは人間の全生涯にわたって、またその生活のあらゆる面について行われている(g)。つまり人間の生活のなかには、常に自然の現象的な事実とともに、それを超えた意味が働いている。したがって人間は、事実と意味の二つのレベルの両方にまたがって生きているわけであるが、事実とは要するに自然現象であり、人間が他の動物と原理的に共有するものであるから、人間の生活をとくに人間的なものとしているのは意味にほかならないということになる(h)。簡単に言えば、人間は意味によってこそ人間であるし、また人間となるのである。人間のあらゆる営みには意味がつきまとっている。
 
④段落。そのことは、例えば「食べる」という最も素朴で原初的な行動についても、人間の食べ方と他の動物の食べ方がどれほど大きく違うかを考えてみれば明らかであろう。…人間の摂食行動に必ず付随する食器・調理・作法などについて考えると、そのいずれをとってみても、そこには人間の独特の文化というものが見られるし、文化とはまさに意味の表現にほかならないのである(i)。こうして私たちの生活は、その深奥部に至るまで意味によって浸透されていることがわかる(j)。
 
⑤段落。私たちの生活の場面はさまざまな姿やあり方を持った空間であるが、私たちはその生活空間のなかでもいつも何らかの仕方で物および人と関わって生きており、その関わりのなかにも意味が働いている(k)。というよりも、その関わりそのものが意味であるということが多いのである。
 
⑥段落。きわめて簡単な例について考えてみよう。いま私は書斎にいて原稿を書いている。その窓から隣の寺の木立が眺められる。また書斎の中には机、椅子、書棚、書物、筆記用具、原稿用紙、インク壺、などがある。ところで座っている私の向こうに木立が見えるということは、その限りでは単なる事実かもしれない。しかし、私がそれを眺めながら、その枝に咲いた花は美しいと思い、その葉の緑に深い憩いを覚えるとすれば、その木立と私の関わりはもはや事実のレベルのものではなくて、意味のレベルに移っている。…したがってこの関係を含む空間ももはや事実空間ではなくて意味空間となっている。ましてや書斎のなかにあるさまざまのものは、私にとってただそこに在るというだけではない。それらはすべて私が使用するもの、私にとって役に立つものであるが、さらにそこへの好悪の情念や価値判断や記憶・想像を伴うさまざまの想念が加わる。…そう考えれば、これらのものと私との関わりは意味以外の何ものでもないと言ってよい。あるいはいま執筆している私の周りにはいろんな音が響いている。…しかもこの音が私たちにとって純粋に物理的な音響でしかないということはほとんど考えられないだろう。ある音は耳によく響くし、他の音は不快である。またある音は何かの信号であり、別の音は人間の言葉である。こうして私たちの周辺に流れる音響にも意味がこもっている。物や音との関わりでさえこのように意味につきまとわれているのであるから、まして人との関わりのなかでは、意味を持たないものは考えられないといっても過言ではない(l)。このように見てくると、私たちの生活空間は意味に満ちているばかりでなく、空間そのものが意味となっていると言うこともできよう(m)。
 
2️⃣ ①段落の前半が人間と他の動物(生物)との「事実のレベル」における生の共通点(a,b)。
①の「それにもかかわらず」(d)以下で人間と他の動物との違いに論点が移り、②の冒頭(e)でその「独自性」は何かと問いを提示し、それは「事実のレベル」と「別のレベル」であるとする(f)。その答えは③段落で、人間の「誕生」についての具体例を挟み、「意味のレベル」であることが明確にされる(h)。④段落は「食」を例に前段の内容を確認し、生活の「深奥部」にまで意味が浸透していることを指摘する(j)。
⑤段落からは「生活空間」における意味の働きについて述べ(k)、⑥段落は、冒頭からの長い具体例を挟み、私たちの「生活空間」が意味に満ちていることを確認した上で、「空間そのもの」が意味であることを指摘して文章を締める(m)。
 
3️⃣ 2️⃣の分析に基づいた要約構成は以下の通り。
A「人間の生涯は、高度な生活に至るまで、他の動物と共通する自然の現象的な事実に根ざしている(a+b)」(①前半)。
B「しかし一方で、人間は生涯にわたり生活のあらゆる面(g)、深奥部にも意味づけを行うことで(j)、他の動物と区別される(h)」(①後半〜④)。
C「人間の生活空間は意味に満ちており、空間そのものが意味となっていると言える(m)」(⑤⑥)。
 
4️⃣ 細部について。Aの文には、人間と他の動物との共通点が端的には「食欲と性欲」だということ(c)、を加えたい。「端的には食欲と性欲という/他の動物と共通する自然の現象的な事実」として繰り込んだ。
Bの文には、「食」を例に、そこには人間独特の「文化」=「意味の表現」が見られるということ(i)、を加えたい。この内容は「食」に限らないと見なし、「人間は〜意味づけを行うことで、他の動物と区別され、文化を創出する」として繰り込んだ。
Cの文には、「生活空間は意味に満ちている」の具体的内容として、それは「物や音」そして「人」との関わりから生まれるものであるということ(l)、を加えたい。⑥段落の例の内容も踏まえ、関わりが変わればその分新たな意味が加わるわけだから、Cの前半を「人間はその生活空間で、あらゆる人や物、音とさえ関わりながら意味を増殖させ、結果として生活空間は意味に満ちており」と肉付けし、後半につなげた。
 
 
〈GV解答例〉
人間の生涯は、高度に複雑な生活に至るまで、端的には食欲と性欲という他の動物と共通する自然の現象的な事実に根ざしている。しかし一方で、人間は生涯にわたり生活のあらゆる面、深奥部にも意味づけを行うことで、他の動物と区別され、文化を創出する。人間はその生活空間で、あらゆる人や物、音とさえ関わりながら意味を増殖させ、結果として生活空間は意味に満ちているばかりでなく、空間そのものが意味となっていると言える。(200)
 
〈参考 S台解答例〉
人間と他の動物は自然の現象的な事実というレベルで捉えれば本質的に異なるところはないといってよいが、人間は自分が経験する事象に対して何らかの意味づけを行うという点において他の動物とは決定的に違う。人間に独特の文化というものも意味の表現であり、生活空間における物や音、さらに人との関わりにおいても意味が働かないということはない。その意味で、人間にとっての空間は意味そのものであると言っても過言ではない。(199)
 
〈参考 K塾解答例〉
人間は誕生から死に至る生物学的事実の次元では他の動物と異なるわけではない。だが人間は他の動物にはない独自性を持つ。その独自性とは、人間だけが事実の次元を超えて、生活のあらゆる面で好悪の情念や価値判断、記憶・想像を伴う多様な想念、つまり意味の次元を生きていることであり、文化とはそうした意味の表現である。人間にとって、他者との関係はもちろん、物や音との関わり、ひいては生活空間そのものが意味なのである。(200)
 
〈参考 Yゼミ解答例〉
誕生に始まり、成長と成熟を経て生殖を行い、老衰の後に死を迎えるという人間の生涯は、事実のレベルにおいては他の動物の生と変わりはない。人間の生を他の動物から区別するのは生活の様々な局面における社会的、文化的な意味づけであり、人間は意味によってこそ人間となり、人間であるといえる。人間を取り巻く物や音、人間の生きる空間そのものにも様々な意味づけがなされており、それこそが人間の生の独自性を形作るのである。(200)
 
〈参考 T進解答例〉
人間の生涯と生活のすべてにおいて、生物学的な事実のレベルでは他の動物と違いはないが、人間を他の動物から区別する独自性として文化などの意味のレベルも併せ持つ。私たちが生活空間で関わる事物や人との関わりは位置関係や認知関係と言う事実関係に尽きるものではなく、自分に役立つかどうかや好悪の情念、価値判断、記憶や想像を伴う想念といった意味に満ちているばかりか、その空間自体が意味そのものだと言える。(195)