こんにちは。GV国語科の大岩です。今回も前回の評論文(上のリンク先)に引き続き、2018年のセンター国語から小説文の解説をします。小説も基本的には評論の読解法に準じますが、特に「場面」と「心理」を押さえながら全文を一読し、その理解と設問の要求に基づいて選択肢を積極的に選んでいきます。

出典は井上荒野『キュウリいろいろ』。(※以下〈…〉は大岩による補足を示す)。前書きによると、主人公郁子は35年前に息子を亡くし、以来夫婦ふたりで過ごしてきたが、昨年夫が亡くなる。以下は、郁子がひとりでお盆を迎える場面。冒頭、郁子はキュウリで二人を迎える馬を作る。息子(草)が亡くなってからずっとそうしてきた。
l7「馬に乗って帰ってきてほしかったし、一緒に連れていってほしかった。あるときそれを夫に打ち明けてしまったことがある」〈以下、回想場面〉。夫は、暗い、寂しい顔になる。郁子は、あとで後悔しながらも、夫に憎まれ口をたたく。そういうことが幾度もあった。
〈→息子の死に関連して、郁子と夫の関係性を中心に展開しそう〉
〈l21から再び現在〉郁子は二人の写真を見て思う。「馬に乗ってきて、そのままずっとわたしのそばにいればいい」〈→〉「写真の俊介が苦笑したように見えた」(傍線部A)。
郁子は、俊介(夫)の高校の同級生からの依頼により、名簿に載せる彼の写真を整理している。亡くなる前のスナップ、その愉しげな表情が、自分と喋っている時だと教えられ「嘘だわと思い、本当かしらとも思った」。

〈l35より場面が変わり、郁子が混んだ電車で都下のある山間部に向かう場面〉「少し離れた場所に座っていた若い女性がぱっと立ち上がり、わざわざ郁子を呼びに来て、席を譲ってくれた」(傍線部B)。その女性は、男性と二人連れで、恋人同士か、夫婦になったばかりの二人のようだ。
l42「ちょうど今の女性くらいの年の頃、同じ電車に乗って同じ場所を目指していたことがあった」〈以下、回想場面〉。あのときも郁子は席を譲られた。譲ったのは年配の男性。郁子とその男性の妻が並んで座り、その前に俊介とその男性が立つ。何ヵ月くらいですか、と男性の妻が訊ね、四ヶ月ですと郁子。よくおわかりになりましたね、と俊介が不思議そうに言ったのに対し「経験者ですから、と男性の妻は笑い、…ご主人の様子を見ていればわかります、と男性が笑ったのだった」〈以上、回想終わり〉。

〈l48以下、現在に戻る。電車に乗ったのは、依頼された写真を届けるためだった〉持ってきた写真は、結婚したばかりの若い頃から亡くなった年のものまで、照れくさそうだったり、いかにも楽しそうに笑ったり、熱心に何かを注視したり…。こんなに幸福そうな俊介の写真がこれほどたくさんあるなんて、しかも草が死んだ後も。人間は生きていく以上は笑おうとする。そのことをあらためて写真の中にたしかめると、それはやはり「強い驚き」になった。郁子自身も笑って、俊介と微笑み合ってすらいる。「郁子はまるで見知らぬ誰かを見るようにそれらを眺め、それが紛れもない自分と夫であることを何度もたしかめた」(傍線部C)。

〈l71以下、行き先は俊介の故郷、同級生の石井が自転車に乗せて案内する〉郁子がこの町に来たのは一度だけだったし、その時も俊介の実家へ行く以外の道は通らなかったが、自転車で行き過ぎる風景に「懐かしさや既視感」を覚えて郁子ははっと目を見開く。俊介の高校の校舎を正門から裏門へ抜ける。守衛に話せば校内の見学もできると石井は言ったが「その必要はありませんと郁子は答えた」(傍線部D)

かつて俊介から聞いていた、その時代の話。頭の中に思い描いていた男子校の風景が、眼前にあらわれた気がした。それが、夫を憎んだり責めたりしている間も、自分の中に保存されていたことに郁子は呆然とした。「呆然としながら、詰め襟の学生服を着た十六歳の俊介が、ハードルを跳ぶ女子学生たちを横目に見ながら校庭を横切っていく幻を眺めた」。
〈→全体より、小説の主題は「郁子と俊介の夫婦関係」であり、それが-から+に転じていくことを把握したい〉。

問一の意味問題は原則、辞書的な意味を問います。今回もそうでした。

問二(傍線部Aの理由説明→行為の動機)
小説の場合「なぜ」を問う時も、結局「行為の動機」を問うているので「心情問題」として処理する。心情問題は〈場面〉と〈心情〉の正しい把握を問う。まず直前部から「ずっとわたしのそばにいればいいa」という郁子の要求に対して、遺影の俊介は「苦笑」したように見えた。なぜ「苦笑」(ヤレヤレ)になるのか?「郁子の態度に」何か理不尽さがあるからだ。そこで、広くみて直前の回想を視野に入れると「(息子にあの世まで)一緒に連れていってほしいb」と、生前の俊介に郁子が吐露したことに着目できる。答えの形は「bと言ったくせにaと言う郁子に、俊介はX(ヤレヤレ)だから(→苦笑)」。bやXの言い換えは自力では難しいとしても「aと言う郁子に」の形になっているのは③しかない。

問三(傍線部Bを契機とした心情)
設問の要求にしたがいBの後に目を配ると「男女のカップルが/(同じ)電車で/席を譲るa」という行為からの連想で、回想が導かれる。そこで、席を譲ってくれたカップルから「妊娠中の自分(郁子)を気遣う夫(俊介)b」の様子を指摘されたことが思い出される(回想部の締め)。これより解答の形は「aによって回想し、bを思い出した」となる。小説の主題にも沿う。bをふまえた選択肢は①のみ(aの部分も的確)。

問四(傍線部Cの心情説明)
まずは〈場〉の確認。俊介の昔の写真を見直してみると、そこには息子が死んだ後も含めて、「幸福そうなa」写真がたくさんあり、郁子自身も「笑って」写っていた。「人間は生きていく以上は笑おうとするものだ」ということを確かめ、「強い驚き」を感じている(つまり、息子の死後、自分たち夫婦が「幸福そうな」のが意外であった)→〈心〉。答えの形は「aでないと思っていたが、写真を見て二人ともaだったので、意外だった」となり、正解は④。実戦的には「驚き」を末尾でふまえている④⑤に絞り、過去の思い込みを「閉ざされた生活を送ってきた」と事実として語っている⑤には×がつく。

問五(傍線部Dの理由説明問題)
「その必要」が「守衛に頼んで校内の見学をする必要a」であり、それが「ない」理由は104行目から本文最後の部分までに表現される。つまり、aをしなくても街を巡り校を通り抜けただけで、俊介が話していた「男子校の風景・十六歳の俊介」が「夫を憎んだり責めたりしている間」も保存されていて、今「眼前にあらわれた気がしたb」からである。bが反映されているのは②③だが、②は「高校時代から亡くなるまでの夫の姿」が今よみがえる、という箇所が×。正解は③。

問六(不適切な表現)
③は、いずれの(…)も「補足的な心情」を表しているに過ぎないので、「他人に隠したい」が×。
⑥は、「のだった」「ものだった」はいずれも語り手による「事実の確認・強調」にすぎず、郁子の「悔い」や「懐かしさ」は含まれないので×。

以上です。今回も長いこと付き合っていただき、ありがとうございました(^^;

 

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