こんにちは、GVの大岩です。東大第一問の解説、10年目になりました。ほぼ毎週やってますが、今のところ反響は、特にありません(笑)。

〈本文理解〉
出展は宇野邦一『反歴史論』。内容面の補足は最小限にとどめ、形式面をたどることで重要箇所を抽出する。

①~③段落(意味段落Ⅰ)。はじめに「歴史とは何か」という問いをたて、具体的説明を挟んで「歴史は、書かれたこと、書かれなかったこと、あったこと、ありえたこと、なかったことの間にまたがっており、画定することのできないあいまいな霧のような領域を果てしなく広げている」と答える。続けて、歴史学があいまいな領域を排除しようが「歴史学の存在そのものが、この巨大な領域に支えられ、養われている」(傍線部ア)とする。

 

④~⑥段落(意味段落Ⅱ)。歴史の問題が「記憶」の問題として思考される、傾向が強まっている。「歴史とは個人と集団の記憶とその操作であり、記憶するという行為をみちびく主体性と主観性なしにはありえない」(以上④段落)。

 

おそらく「歴史の過大な求心力(x)」から離脱しようとする「別の歴史的思考(y)」の要請が歴史を記憶の一形態とみなそうとした。歴史は、社会の代表的な価値観によって中心化され(x)、成員の自己像を構成する。歴史とは、そのような自己像をめぐる闘争の歴史でもあった。「歴史そのものが、他の無数の言葉とイメージの間にあって、相対的に勝ちをおさめてきた言葉であり、イメージなのだ」(傍線部イ)(以上⑤段落)。

 

「あるいは」「情報技術における記憶装置」の役割も、歴史を記憶ととらえるのに一役買ったかもしれない。物質の記憶、遺伝子という記憶の延長に人間の歴史を見つめることも「別の運動(y)」を発見する機会になりうる。歴史は「局限され、一定の中心にむけて等質化された記憶の束(x)」であるが「記憶の方は、人間の歴史をはるかに上回るひろがりと深さをもっている」(傍線部ウ)(以上⑥段落で、⑤段落と並列関係で共に④段落を承ける)。

 

⑦~⑩段落(意味段落Ⅲ)。「歴史という概念そのものに、何か強迫的な性質が含まれている」(傍線部エ)。歴史は「個人から集団を貫通する記憶の集積」として、現存する言語、制度、慣習などすべてを形成し保存し破壊し、新たに作りだした成果「そのような成果の集積」として、個人の生を決定する(x)。私の身体、思考、感情、欲望さえも、生まれ、存在し、死ぬことまでも、ことごとく歴史の限定をうける(x)(以上⑦段落)。

 

「にもかかわらず」そのような決定から私は自由になろうとする(y)。「私の自由な選択や行動や抵抗/大小の自由/多くの気まぐれな、盲目の選択や自由(y)」が「歴史の強制力や決定力/怜悧な選択(x)」と歴史の中に矛盾なくある。(以上⑧⑨段落)

 

歴史に対して私の自由はあるのか。けれども、私は歴史からの完全な自由を欲しているのではない。歴史とは、無数の他者の行為、力、声、思考、夢想の痕跡にほかならない。「それらとともにあることの喜びであり、苦しみであり、重さなのである」(傍線部オ)(以上⑩段落)。

 

〈設問解説〉
設問(一)「歴史学の存在そのものが、この巨大な領域に支えられ、養われている」(傍線部ア)とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。「この巨大な領域」の言い換えは問題ないだろう。簡潔に「記述された過去と、その周囲に広がるあらゆる可能領域」。それが「歴史学」の基盤にあることを示したら「支えられ」の要素もクリア。「養われている」については、②段落の具体例の中の記述「無数の文章があり、これからもまだ推定され、確定され、新たに書かれる」などを参考に「(可能領域を)視野に収めて抽出を続ける」と言い換えた。問題は、主語が単に「歴史」ではなく「歴史学」であること。これについては、傍線部の直前にあるように「あいまいな領域を…排除」することで「学問としての厳密性」が保たれる面もあるが、逆にあいまいな領域を基盤に抽出を続けることで「学問としての(一般)妥当性」も保たれるということであろう。

 

<GV解答例>
歴史学は、記述された過去と、その周囲に広がるあらゆる可能領域を視野に収めて抽出を続けることで、学問としての妥当性を保つということ。(65字)

<参考 S台解答例>
歴史学は、記述することによって歴史を画定しながら、同時に事実として記述されなかった膨大な領域を前提に成立するということ。(60字)

<参考 K塾解答例>
歴史学は、事実かどうか学問的に確定できない出来事が無限に増殖する領域に依拠して、初めて学問として可能になるということ。(59字)

 

設問(二)「歴史そのものが、他の無数の言葉とイメージの間にあって、相対的に勝ちをおさめてきた言葉でありイメージなのだ」(傍線部イ)とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。「他の無数の言葉とイメージ」については前問と同様「あらゆる可能領域が併存する」ことである。「相対的に勝ちを収めてきた」については「相対的(↔️絶対的)」に注意して「勝ちを収めてきたにすぎない」とし「勝ちを収めてきた」といっても「大して勝っている訳でない」というニュアンスを出す。それで傍線部の2文前「ある社会の代表的な価値観によって中心化され」という記述を利用し「併存する可能領域の中から、社会の代表的な価値観に沿って選ばれたものにすぎない」とする。問題は、傍線部のある⑤段落が⑥段落(設問(三)の箇所)と並列で、ともに④段落の記述を前提としている点である。ここから、記述の最初に「歴史は記憶する主体と不可分である以上」という記述を加えた。

 

<GV解答例>
歴史は、記憶する主体と不可分である以上、併存する可能領域の中から、その社会の支配的な価値観に沿って選ばれたものにすぎぬということ。(65字)

<参考 S台解答例>
歴史は、その社会において優勢な価値観によって恣意的に選択され、社会の成員の自己像を構成してきた記憶だということ。(56字)

<参考 K塾解答例>
歴史とは、様々な記憶のせめぎあいのなかで、たまたまその社会の代表的な価値観などに応じて生き残った言説や表象の一つにすぎないということ。(67字)

 

設問(三)「記憶の方は、人間の歴史をはるかに上回るひろがりと深さをもっている」(傍線部ウ)とあるが、なぜか、説明せよ。(60字程度)

理由説明問題。構文は「~(a)歴史に比べて、記憶の方が~(b)だから(→「ひろがり」と「深さ」をもっている)」となる(a↔️b)。aについては直前の「歴史は局限され、一定の中心むけて等質化された記憶の束」という記述と、前提となる④段落「歴史の主体性・主観性」の要素を加えて「人間主体によって秩序づけられた歴史に比べて」と簡潔にまとめた。

bについては⑥段落の記述から「記憶装置や遺伝子に保存された情報も含む(から)」と導くのは難しくない。ただ、これでは「ひろがり」の理由にはなりえても、まだ「深さ」の理由には届いてないだろう。ここで再度、歴史(a)との対比に着目して、歴史が「(人間主体による)中心化・等質化された/言語記述」ならば、記憶の方は「言語以前の/多様な解釈可能性に開かれた」ものだという点で「深さ」を持ちうると言えるだろう。以上の理解をまとめる。

 

<GV解答例>
人間主体によって秩序づけられた歴史に比して、その基盤にある記憶は、物体や遺伝子に保たれた言語以前の情報とその解釈可能性を含むから。(65字)

<参考 S台解答例>
人間の記憶にもとづく歴史は局限されたもので、現実の中にはそれを越える物質的、生命的な痕跡としての記憶が残存するから。(58字)

<参考 K塾解答例>
人間社会に即して中心化され等質化された歴史と比べて、記憶は物体や生体の至るところに刻み込まれた多様な情報までをも含むから。(61字)

 

設問(四)「歴史という概念そのものに、何か強迫的なものが含まれている」(傍線部エ)とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。「強迫的な性質」が、傍線部直後の文(⑦段落2文目)から「個人の生を決定する」という歴史の性質を指しているのは明白である。しかし「歴史」が「個人の生」を決定する、といっても自明ではないだろう(つまり説明する必要がある)。そこで、さらに次の文(⑦段落3文目)が「個人の生の決定」を具体的に述べていることに着目する。構文が複雑なので整理して「歴史は/個人から集団を貫通する記憶の集積(a)として/(歴史によって形成された)言語・制度・慣習などが作りだした成果すべての集積(b)として/私(個人の生)を決定する」と捉え直す。

a要素が捉えにくいが、個人と集団の記憶についての記述として④⑤段落を参照すると、歴史は「無数の個人からなる膨大な記憶の集積」を「集団のものとして集約」するということだろう。また⑤段落の記述「歴史は/代表的な価値観によって中心化/成員の自己像を構成」を踏まえると「歴史→集団の自己像を構成→個人の生を決定」ということではないか。

b要素については、a要素が「歴史の/集団の内面を規定することによる/個人の生の決定」を表すならば、対比的に「歴史の/集団の外面(広義の制度)を規定することによる/個人の生の決定」を表していると把握できる。「内面/外面」という包括的な対比の両側をカバーすることで「歴史の決定(強迫性)」から「個人 」が逃れられないことを説明することができた。

さらに⑦段落の4文目、5文目(末文)もせっかくだから使いきろう。「歴史の決定」は「個人の身体・感情」(4文)や「生死」(5文)という最も「個的な」ものにまで及ぶ。「歴史の強迫性」は個人を捕捉しきるのと同時に「質的」にも深いのである。

 

<GV解答例>
歴史は、個の依って立つ集団の自己像や諸制度を規定することで、最も個的な身体性や生死に至るまで人間の生を左右する力をもつということ。(65字)

<参考 S台解答例>
歴史は、集団を位置づけている先験的なものとみなされることによって、個人の生を呪縛する構造を持つということ。(53字)

<参考 K塾解答例>
歴史が個人の記憶を集団の記憶へと統合し集積するものである以上、そのなかで生きる個人のありようの一切を規定するようになるということ。(65字)

 

設問(五) 筆者は「それらとともにあることの喜びであり、苦しみで、重さなのである」(傍線部オ)と歴史についてのべているが、どういうことか、100字以上120字以内で説明せよ。

「内容説明型」要約問題。基本的な手順は
1⃣ 傍線部自体を簡単に言い換える。(解答の足場)
2⃣「足場」につながる論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
3⃣ 必要な小要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(ディテール)
となる。

1⃣ まず設問で「筆者は(傍線部オ)と歴史についてのべているが」という聞き方をしていることに着目する。誰が読んでも傍線部が「歴史」を主語としているのは分かるので、単なるヒントを付加しているわけではない。ここは「歴史」について述べていることは自明のこととして確認した上で、表面的に傍線部をなぞる(機械的に言い換える)だけでない解答を求めているのだろう。まあ、とはいっても、最初は要素に分けて簡単に言い換えてみよう。「それらとともにあることの(a)/喜びであり(b)/苦しみであり(c)/重さでなのである(d)」。a要素の「それら」については、直接的には「無数の他者の行為…の痕跡」ということだが、ここは〈本文理解〉でも分けて示したように「個人の生を規定する/支配的価値観に基づく/記述された歴史(大きな歴史)」(x)に対する「規定から逃れようとする/自由で偶然的な/個々の行為(小さな歴史)」(y)として理解したい。

ならばc要素が「大きな歴史から個々の生が規定されることからくる苦しみ」であり、b要素は「歴史の中にその規定から自由でありえた行為や可能性を見出だし、それと連なる喜び」のことだろう。
d要素が難しい。最終段落で筆者は、歴史から自由であることの意味を問いながらも「歴史からの完全な自由を欲しているのではない」と述べている。ここから「重さ」とは、我々は歴史の規定から決して逃れることはできないし、ならば積極的に歴史を「背負い」それを生きる「責任」があるということではないか。

 

2⃣ 傍線部に直接的につながる論旨として、⑦段落「歴史が個人の生を決定する」から⑧段落「にもかかわらず、そのような決定から自由になろうとする」への反転(意味段落Ⅲ)が利用できる。1⃣での理解と併せて、アウトラインとしては次のようなものになるだろう。

「歴史は個人の生を決定するが(c)/そこにはその決定から自由でありえた他者の行為の痕跡が見出だされるので(a)/人はそれと連なり(それに励まされ)自らの行為を選ぶことで(b)/歴史を生きる責任を果たすということ(d)」(仮)。ポイントは特に「重さ」を説明するために「歴史は~だから、人は~」というように、後半で主語を「人(人間/我々)」に転じたことだ。

 

3⃣ 意味段落Ⅰでは「歴史の未規定性」、意味段落Ⅱではそれを深めて「歴史の基盤にある記憶」について記述されている。特に⑤段落「歴史は、その社会の支配的な価値観に基づき成員の自己像を規定する」という内容をcに盛り込み、逆に「別の歴史的思考の要請」によって思い出される「膨大な記憶の集積」が「歴史」の基盤にあり、それを養うものである、という内容をaに盛り込む。
ならば、dについてももっと進んで、我々の行為の選択、自由な行為の可能性も、歴史を構成する一要素となりうるものであり、それにより歴史を構成する責を果たすことになるのではなかろうか。

 

<GV解答例>
社会に支配的な価値観により成員の生を規定する歴史は、逆にその基盤に広がる無数の記憶の集積から構築されるものだから、そこに見出だされる歴史の規定から自由でありえた可能性に励まされ、人は自らの行為を選ぶことで歴史を構成する責を果たすということ。(120字)

<参考 S台解答例>
歴史とは、共同体の支配的な価値観を中心に作られ個人の生を決定する一方で、個人の自由と抵抗なしには存在し得なかったものであり、人間は歴史から排除された記憶を見直し他者とのかかわりの中で新たな歴史を生み出す自由と困難と責任を負う、ということ。(119字)

<参考 K塾解答例>
歴史は人々の記憶を統合するものであるがゆえに、かえってそこからこぼれ出た様々な異質性を痕跡として見出すこともできる。それを見つめ、個人が歴史から自由でありえたことと、歴史が個人を抑圧することとを歴史の両面として引き受けるべきだということ。(119字)

 

設問(六)
a.散逸 b.超越 c.機会 d.信仰 e.矛盾

 

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